Web音遊人(みゅーじん)

フラメンコギター、クラシックギター、ジャズギター、3種のギターが交わる名演奏/沖仁×大萩康司×小沼ようすけ“TRES”

フラメンコギター奏者・沖仁、クラシックギター奏者・大萩康司、ジャズギター奏者・小沼ようすけ、人気の3名手が集まって、ソロ、デュオ、トリオを披露した。スペイン語で「3」を意味する「TRES(トレス)」と題する演奏会。

前半は、沖と大萩のソロ&デュオ。

1曲目、沖のオリジナル『カジャオ』はソロで。修業時代に住んだスペインの首都マドリッドの繁華街。都会の日常の緩急や光と影などを、マイナーコードのニュアンスで際立たせた演奏だった。

次いで、大萩のソロの『そのあくる日』は、キューバ出身マイアミ在住の敬愛するギター奏者&作曲家、レイ・ゲーラの作品だ。静かに夜が明け、柔らかな風に人が目覚め、今日ここにいる幸せを感じているような曲調。大萩ならではの美しい音色で、少ない音数が優しいささやきのように綴られていく。

デュオは、スペインの作曲家ファリャのバレエ組曲『三角帽子』の『粉屋の踊り』や、ビゼーの人気オペラ『カルメン』の『セギディーリャ』など、オーケストラ用の曲をギターアレンジで。このコーナーで2人の楽器の違いが如実に表れる。

フラメンコギターは、クラシックギターより胴の板も胴体の厚みも薄いので、音の立ち上がりが速く、歯切れもいい。だから、薬指、中指、人差し指で「でこパッチン」するように弦をダウンストロークし、親指のダウンアップと組み合わせてジャラジャラ~ンと軽快にかき鳴らしたり、胴体をたたくなど、楽器の特徴を生かした奏法が複数ある。クラシックギターにも、似たような奏法がなくもないが、響きは明らかに違う。沖は絶妙のテクニックで、大萩のクリアな音とハーモニーを創る。大萩もハイポジションを駆使し、旋律を軽妙な響きで奏でたりして、デュオの妙味を披露するのだった。

休憩をはさんで、後半は小沼のソロ、沖と小沼のデュオ、最後にトリオという進行。

まず小沼のオリジナル『Flyway』のソロから。渡り鳥が集まってV字で飛んでいく情景を描いた曲が、3人の集まるライヴに合うと思ったそうだ。ナイロン弦の柔らかな響き、自然な呼吸感で、聴き手に語りかけるかのよう。耳に溶け込む柔かな音に、まんまと心を盗まれる心地よさ。

デュオは「兄弟の演奏」といった風情で、ボンファの『黒いオルフェ』を、リラックスムードでコール&レスポンス。続いて小沼のオリジナル『デュオ・カ』は、リゾート地の穏やかな海を思わせる。ゆるいグルーヴ感が魅力的で、互いのテクニックが行き交う。寄せる波のようなストロークやベース音、海風のようなトレモロ、ハーモニクスが響くたびに波頭のきらめきを感じた。

沖と小沼は同い年で、気心の知れた仲のせいかトークも絶妙。そこに少し年下の大萩が加わると、まさに「最強のギター3兄弟」状態で、さらに盛り上がる。

そして演奏が始まると、聴き手は、それぞれのギターの音色や波長、奏法や持ち味などが違うから、聴く楽しみがン倍増することを改めて思い知るのだ。料理でいうなら、食材の食感、味の違いがあってこその煮込みのおいしさ、だろうか。

例えば、アサドの組曲『夏の庭』の『インビテーション』では、大萩が情景を描き、沖がそこに漂う空気やムードを醸し、小沼は聴き手をその世界に招き入れる。見事な連携である。

締めのロドリーゴ『アランフェス協奏曲』の『アダージョ・ボル・ブレリア』では、沖のストロークと大萩の旋律、その逆バージョン、小沼のハイポジションでの旋律と沖&大萩の伴奏など、三者が組み合わせや役割りを変えつつ、各自のソロも挟んで進行。バリエーション豊かな演奏を最後まで続けた。

休日午後の「トレス(3、3人)」。アンコールのディアンス『タンゴ・アンド・スカイ』も含め、聴き応えたっぷりの約2時間半だった。

 

原納暢子〔はらのう・のぶこ〕
音楽ジャーナリスト・評論家。奈良女子大学卒業後、新聞社の音楽記者、放送記者をふりだしに「人の心が豊かになる音楽情報」や「文化の底上げにつながる評論」を企画取材、執筆編集し、新聞、雑誌、Web、放送などで発信。近年は演奏会やレクチャーコンサート、音楽旅行のプロデュースも。書籍「200DVD映像で聴くクラシック」「200CDクラシック音楽の聴き方上手」、佐藤しのぶアートグラビア「OPERA ALBUM」ほか。
Lucie 原納暢子

 

photo/ koichi morishima

本ウェブサイト上に掲載されている文章・画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。

facebook

twitter

特集

塩谷哲

今月の音遊人

今月の音遊人:塩谷哲さん 「僕の作る音楽が“ポップ”なのは、二人の天才音楽家の影響かもしれませんね」

8115views

ロバート・プラント

音楽ライターの眼

レッド・ツェッペリンを超えて、ロバート・プラントが進む“NOW AND ZEN”

806views

練習用のバイオリンとして進化する機能と、守り続けるデザイン

楽器探訪 Anothertake

進化する機能と、守り続けるデザイン

6006views

楽器のあれこれQ&A

ウクレレを始めてみたい!初心者が知りたいあれこれ5つ

6882views

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ギタリスト木村大とピアニスト榊原大がトランペットに挑戦!

8453views

オトノ仕事人

テレビ番組の映像にBGMや効果音をつけて演出をする音の専門家/音響効果の仕事

7469views

水戸市民会館

ホール自慢を聞きましょう

茨城県最大の2,000席を有するホールを備えた、人と文化の交流拠点が誕生/水戸市民会館 グロービスホール(大ホール)

11394views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

12447views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

専門家の解説と楽器の音色が楽しめるガイドツアー

9577views

みどりの森保育園ママさんブラス

われら音遊人

われら音遊人:子育て中のママさんたちの 音楽活動を応援!

7925views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

すべては、あの日の「無料体験レッスン」から始まった

6058views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

11794views

おとなの楽器練習記:岩崎洵奈

おとなの楽器練習記

【動画公開中】将来を嘱望される実力派ピアニスト、岩崎洵奈がアルトサクソフォンに初挑戦!

13039views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

13498views

音楽ライターの眼

偉大な音楽家たちによる、ベートーヴェン生誕250年記念アルバム

3559views

JTBロイヤルロード銀座

オトノ仕事人

日本では出逢えない海外の音楽体験ツアーを楽しんでいただく/海外への音楽旅行の企画の仕事

8266views

われら音遊人

われら音遊人:アンサンブルを大切に奏でる皆が歌って踊れるハードロック!

6033views

音楽を楽しむ気持ちに届ける「ELC-02」のデザインと機能

楽器探訪 Anothertake

【動画】「楽しさ」をまるごと運ぼう!「ELC-02」の分解、組み立て手順

21113views

福岡市民ホール

ホール自慢を聞きましょう

歴史をつなぎ、新しい感動をつくる。音楽・芸術文化の新たな拠点/福岡市民ホール

526views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

泣いているのはどっちだ!?サクソフォン、それとも自分?

6765views

楽器のあれこれQ&A

ウクレレを始めてみたい!初心者が知りたいあれこれ5つ

6882views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

4451views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

34966views