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【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase19)デヴィッド・ボウイのベルリン三部作、フィリップ・グラスが交響曲で呼応
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2024.3.7
tagged: 音楽ライターの眼, デヴィッド・ボウイ, クラシック名曲 ポップにシン・発見, フィリップ・グラス
デヴィッド・ボウイ(1947~2016年)はロックの可能性を追求した不世出の音楽家である。ロックの領域をポップスから前衛にまで広げ、異分野も取り込み、多様な作品群を残した。特にアンビエント(環境音楽)の第一人者ブライアン・イーノと組んだ1970年代後半のベルリン表現主義三部作「ロウ」「ヒーローズ(英雄夢語り)」「ロジャー(間借人)」は傑作。ミニマル・ミュージックの巨匠フィリップ・グラスはこのアルバム3作品に呼応し、「交響曲第1番」「同4番」「同12番」を作曲した。
ボウイのスタジオアルバム全28作のうち、第10~12作のベルリン三部作「ロウ」「ヒーローズ」「ロジャー」は中期前半に当たる。ベルリンとゆかりがあるからそう呼ばれるが、旧西独・西ベルリン市のベルリンの壁近くのハンザ・スタジオでレコーディングをしたのは、1977年リリースの「ロウ」「ヒーローズ」のみ。1979年の「ロジャー」はスイスのモントルーで録音された。
ではなぜベルリン三部作かというと、「ロウ」「ヒーローズ」の制作に参加したイーノが「ロジャー」にもかかわっており、その関与度が一段と強まったからだ。よって厳密には「ボウイ×イーノ三部作」。プロデューサーは3作ともトニー・ヴィスコンティ。第2作「スペース・オディティ」や第8作「ヤング・アメリカンズ」もプロデュースした盟友であり、この時期の「ボウイ×ヴィスコンティ」でいえば、ベルリン三部作と1980年の第13作「スケアリー・モンスターズ」を合わせて4連作となる。
初期の「ジギー・スターダスト」(1972年)のイメージから脱却したボウイは、“傑作の森”と呼べる中期前半のアルバム群を創造した。その始まりが、ソウル・ミュージックに傾倒した「ヤング・アメリカンズ」。続く第9作「ステーション・トゥ・ステーション」(1976年)は米西海岸で録音されたが、米国で欧州人(英国人)としての実存を意識し、ニーチェ思想がにじむディオニュソス的なドライブ感あふれるアルバム。さらに「スケアリー・モンスターズ」までの6作が中期前半の傑作の森。その中核が「ロウ」「ヒーローズ」である。
「ロウ」はロックの概念を超えた前衛を聴かせる。それでいて親しみやすく聴きやすい。前半(A面)は1~3分と短く速い7曲。後半(B面)は、ほぼインストロメンタルの長くて緩やかなアンビエント4曲。ミニマリズムとアンビエントの二部構成を持つ。
表現主義、反復と差異、音韻音楽
ボウイは「ロウ」に取り組む前、盟友イギー・ポップのアルバム「イディオット」をプロデュースし、ほぼ同じメンバーでハンザ・スタジオにて完成させていた。イギー・ポップはバックボーカルとして「ロウ」に参加。2人はクラフトワークやタンジェリン・ドリームといったドイツの前衛ロックの影響を受けていた。ボウイはエゴン・シーレをはじめ表現主義の美術にも傾倒していた。深層心理を抉り出す表現主義の手法も「ロウ」に取り入れている。
前半7曲は動機や楽節の反復が基本。ボウイの初期作品にはジャック・ブレルのシャンソンのメリーゴーラウンド的な反復手法も感じられたが、「ロウ」では反復の展開や発展を強調せず、簡素化している。歌詞も短い。1曲目「スピード・オブ・ライフ」と「ア・ニュー・キャリア・イン・ア・ニュー・タウン」はインストロメンタル。「ヤング・アメリカンズ」以来のファンキーなノリに加え、イーノのシンセサイザーによるエフェクトで響きの幻視的差異も出す。3曲目「ホワット・イン・ザ・ワールド」はドラムスとシンセサイザーの絡む反復が新鮮なグルーヴ感を生み、YMO、坂本龍一、ジャパンの音楽を先取りしている。
アンビエントなB面では、「ワルシャワの幻想」「サブテラニアンズ」で歌も入るが、呪文や叫びのような声だったりする。こうした声による曲作りは、ストラヴィンスキーが20世紀前半にバレエ音楽「結婚」や「狐」で実践した音韻音楽に通じる。言葉のシニフィエ(意味内容)よりも音節や音感といったシニフィアン(記号表現)が重視される。声の音感の差異や戯れを楽しむ音韻音楽は、中田ヤスタカが作曲・プロデュースするPerfume(パフューム)をはじめJポップやロックでも珍しくなくなったが、源泉の一つは「ロウ」にある。
続くアルバム「ヒーローズ」は、後半がアンビエント中心の構成だが、前半はロック色を強めている。冒頭の「美女と野獣」「ライオンのジョー」はエフェクトをかけたボウイのボーカルとロバート・フリップのギターがうねるように絡み合い、異様な音韻効果を上げる。
そして名曲「ヒーローズ」。ベルリンの壁の監視塔の下に佇む恋人たち。延々と続く壁伝いにポップアートを描いていくように、DとGのコードが揺らめきながら反復される中、僕らは1日だけ奴らを倒せる、僕らは1日だけ英雄になれる、と歌う。1987年6月6日、ベルリンの壁に近接した西ベルリンのライヒスターク前広場で、壁の向こう側へと鳴り響かせたライブは名高い。89年11月9日、ベルリンの壁は東西市民の手によって崩壊した。
アルバム「ヒーローズ」の後半は、エフェクトによる歪んだ声で曲名だけを歌う「V-2シュナイダー」から始まり、インストロメンタルの3曲が続く。「疑惑」で苦悩に満ちた表現主義の世界を深めた後、ボウイ自身が琴を弾く「苔の庭」、ボウイのサクソフォンが哀愁と孤独の余韻を残す「ノイケルン」でアンビエントな音画を閉じる。
しかし「ヒーローズ」はここで終わりではない。歌入りの最後の1曲「アラビアの神秘」で風景は一変。メフィストフェレスに誘惑されたファウスト博士のように、イーノとともにベルリンの壁を越え、異国へと旅立つ。ワールドミュージックの先駆けとなる次作「ロジャー」への予告編である。
米国の作曲家グラスの「交響曲第1番」(1992年)は「ロウ」、「同4番」(1997年)は「ヒーローズ」を素材にしている。オペラや舞台・映画音楽を中心に活動してきたグラスは、交響曲を手掛けるにあたり、ボウイのベルリン三部作に触発された。2019年には「ロジャー」を素材にした「交響曲第12番」も発表した。グラスは自伝で、指揮者のデニス・ラッセル・デイヴィスに交響曲の作曲を勧められたと記している。交響曲を書かなかったオペラ作曲家もいるが、その一人にさせたくないと言われたことが理由という。
グラスの「交響曲第1番」は3楽章構成で、第1楽章が「サブテラニアンズ」、第3楽章が「ワルシャワの幻想」を素材にした。ソナタやロンドといった古典形式を採用せず、ミニマルの反復と差異化、舞台音楽の場面転換の手法を使い、類似と対比の要素を並列させて全体の統一感を持たせている。「交響曲第4番」は6楽章構成で、「ヒーローズ」や「疑惑」「ノイケルン」「V-2シュナイダー」を下敷きにし、ロックシンフォニーの様相を強めている。
ボウイのロックとグラスのミニマル・ミュージックは呼応した。2人とも舞台や映画の仕事もしてきた。現代の様々な音楽に自然に触れてきたグラスは、新時代の交響曲を担える。ロックがクラシックの名曲を創り出す。ロックもまたクラシックの名曲なのである。
池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
音楽ジャーナリスト。日本経済新聞社チーフメディアプロデューサー。早稲田大学卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。クラシック音楽専門誌での批評、CDライナーノーツ、公演プログラムノートの執筆も手掛ける。
日本経済新聞社記者紹介
文/ 池上輝彦
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