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今月の音遊人:谷村新司さん「音がない世界から新たな作品が生まれる」
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ABC『ルック・オブ・ラブ!!』の秘密が今明かされる。自伝『ABC: A Lexicon Of Life』刊行
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2024.8.7
tagged: 音楽ライターの眼, ABC, ABC: A Lexicon Of Life, ルック・オブ・ラブ!!
1980年代初頭、イギリスのポップが世界の音楽シーンを席巻した。アメリカでは1981年に音楽専門テレビ局“MTV”が開局。24時間ノンストップでミュージック・ビデオを流し続けて一大センセーションを巻き起こす。それで有利だったのがイギリス勢だ。1960年代から国民的テレビ番組“トップ・オブ・ザ・ポップス”などのおかげで音楽のヴィジュアルを介した表現が根付いており、一歩先んじていたこともあり、“MTV”でも数々のアーティスト達がブレイク。無敵だったマイケル・ジャクソン『スリラー』(1982)と全米チャート1位を巡って熾烈なバトルを繰り広げたのはザ・ポリスの『シンクロニシティ』(1983)だったし、ソフト・セルやヒューマン・リーグ、デュラン・デュラン、カルチャー・クラブ、スパンダー・バレエなどの新ヒーローが生まれた。ABCもそんなひとつだった。
1980年、シェフィールドで結成されたABCだがデビュー・アルバム『ルック・オブ・ラブ The Lexicon Of Love』(1982)がいきなり全英チャート1位を獲得。『ルック・オブ・ラブ!!』『ポイズン・アロウ』『我が心のすべてを』が大ヒットを記録した。
ポップなサウンド、ダンサブルなビート、全員がスーツを着込んだスタイリッシュなヴィジュアル、独自のヒネリを入れたラヴ・ソングなどがその“勝因”であることは間違いないが、大きく貢献していたのがプロデューサーのトレヴァー・ホーンだった。それまでザ・バグルズやイエスでミュージシャンとして活動してきた彼だが、本作とイエス『ロンリー・ハート 90125』(1983)で一流プロデューサーとして評価され、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドやアート・オブ・ノイズを手がけて“1980年代サウンドの創り手”と呼ばれるに至った。洗練されながら親しみやすく、身体を動かさずにいられない『ルック・オブ・ラブ The Lexicon Of Love』は、彼のポップ・フィールドでの最高傑作とも呼ばれる。アン・ダドリーによるキーボードとオーケストラ・アレンジも本作をゴージャスかつエモーショナルに昇華させた。
それから40年以上を経て、オリジナル・メンバーはシンガーのマーティン・フライのみとなってしまったが、彼のソウルフルなヴォーカルを軸にABCは活動を続ける。2016年1月には33年ぶりの来日公演も行い、元気なところを見せてくれた。
そんなマーティンとABCの軌跡を辿ったバイオグラフィ本『ABC: A Lexicon Of Life』が2024年に刊行された。
全320ページの本書はマーティンの自伝に数々の写真を散りばめた豪華本。1958年、英国マンチェスターに生まれたマーティンは少年時代に「T-レックスに入りたい!」と思い立ち、クイーンやセックス・ピストルズのライヴを見てミュージシャンを志す。シェフィールド大学でバンド活動を始めた彼はクラフトワークなどから影響を受け、人生初ステージの対バンはスロッビング・グリッスルとクロックDVAだったという。マーティンのシェフィールド周辺の交流もヒューマン・リーグやキャバレー・ヴォルテール、デフ・レパードなどが登場して興味深い。
ABCの結成から『ルック・オブ・ラブ The Lexicon Of Love』の制作には多くのページが割かれ、さまざまなエピソードが明かされる。『ルック・オブ・ラブ!!』をレコーディングしているときにデヴィッド・ボウイがスタジオに現れた話や(途中で留守番電話メッセージを入れたらどうかとアドバイスされたという)、大成功作だったにも拘わらず「未完成のように思えた」と不満を洩らすなど、自伝ならではの知られざるエピソードや心境が語られる。
なお1983年2月の来日公演後「京王プラザホテルのトイレに金ラメのスーツを捨てて」新しい音楽性に進んでいったとマーティンはインタビューなどで語っているが、実際には日本で買い物をし過ぎて、飛行機への持ち込み超過料金を払わずに済むように置いていった……と真相が記されている。
ひとつの音楽性に安住することなく、ABCはベーシックな音作りが賛否を呼んだ『ビューティ・スタッブ』(1984)やハウスへの接近で全米ヒットを記録した『ハウ・トゥ・ビー・ア・ジィリオネアー』(1985)を発表。だがホジキンリンパ腫で入院というアクシデントがマーティンを襲う。史上空前のイベント“ライヴ・エイド”が行われているとき、彼は化学療法を受けていた。
それでも彼は見事復活。1990年代以降も現在進行形のアーティストとして、そして80sノスタルジア・バンドとしての両輪を駆って走り続ける。ロビー・ウィリアムスとのスタジアム・ツアー、アルコール依存症、初代ドラマーのデヴィッド・パーマーとの再合体、映画『ラブソングができるまで』(2007)へのスーパーヴァイズ参加など、次々と遭遇する波乱について、マーティンは回りくどくなく、それでいてユーモアを込めて綴っていく。そんな軽妙で楽しい語り口のおかげもあり、ヒット作に言及するのではない部分も笑ったり泣いたりしながら読み進んでしまう。新旧のレアな写真もあり、1983年の来日時オフショットも貴重だ。
『ABC: A Lexicon Of Life』は2種類のフォーマットで刊行。デラックス・エディション(限定350部)はゴールド・ラメ張りボックス仕様でLP&CD付き、通常版はCD付きというものだ。日本語版が出るかは不明だが、可能性は低そう。決して難解な言い回しはしていないので、ぜひ英語版で読んでみよう。
本書の刊行を記念して、マーティンは2024年10月からイギリスでトーク・ツアーを開始。その人生と音楽について語るという、本人にとって初めての試みは、2025年の春まで続く。その後にはABCとしてのツアーを再開するというので、ぜひまた日本のステージでそのソウルフルな歌声を披露してもらいたい。
発売元:A Way With Media
山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
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文/ 山崎智之
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