Web音遊人(みゅーじん)

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#045 ジャズ増し増しのオルガンを実現させた映画音楽の巨匠の原点~ジミー・スミス『ザ・キャット』編

いまだに宵っ張りなので“三つ子の魂百まで”なのでしょうが、幼稚園に通うころにはすでに就寝時間が遅くて、いつも親に怒られていた記憶があります。

そんな遅い時間までなにをしていたのかというと、大人と一緒に茶の間でTVを見ていることが多かったわけですが、うっすらと覚えているのが、あの伝説の深夜番組『11PM』のなかで「オルガンの音楽が流れていたこと」だったりします。

それがボクの“オルガン・ジャズ”の原点で、そのオルガンを弾いていたのが戦後TV時代の幕開けとともに大活躍していた小曽根実だったことをちゃんと認識したり、彼の子息である小曽根真を取材するようになるのは、四半世紀も後のこと。

ただ、幼稚園のころから“オルガン・ジャズ”にハマるほど早熟でもなかったので、当時はPTAから「見ちゃダメ!」と言われた番組で演奏される“イケナイ音楽”というバイアスに縛られていた、というのが正直なところです。

そんなバイアスからボクを解き放ってくれたのが1990年代に湧き起こっていたクラブ・ジャズのムーヴメント。そのころすでに神格化されていたのが本作のジミー・スミスでした。

では、“ジャズ・オルガンの神様”の大ヒット作を聴き直していきましょう。


ザ・キャット/ジミー・スミス

アルバム概要

1964年にニューヨークの隣、ニュージャージーのスタジオでレコーディングされた作品です。

オリジナルはLP盤で、A面4曲B面4曲の合計8曲を収録。CD化では同曲数同曲順のみでリリースされています。

メンバーは、ジミー・スミスがオルガン、ギターがケニー・バレル、ベースがジョージ・デュヴィヴィエ、ドラムスがグラディ・テイト、パーカッションがフィル・クラウス。

ラロ・シフリン指揮で、フレンチホルン(レイ・アロンジ、アール・チェイピン、ビル・コレア、ジミー・バフィントン)、トランペット(バーニー・グロウ、サド・ジョーンズ、ジミー・マックスウェル、マーキー・マーコウィッツ、アーニー・ロイヤル、スヌーキー・ヤング)、トロンボーン(ジミー・クリーブランド、アービー・グリーン、ビリー・バイヤーズ)、バス・トロンボーン(トニー・スタッド)、チューバ(ドン・バターフィールド)のホーン陣が参加しています。

収録曲は、冒頭2曲(オリジナルのLP盤ではA面の1曲目と2曲目)が映画『危険がいっぱい』(ルネ・クレマン監督、ジェーン・フォンダ、アラン・ドロン、ローラ・オルブライト出演、1964年公開のフランス映画)からのカヴァーで、本作の指揮を担当しているラロ・シフリンが作った曲です。

『ベイジン・ストリート・ブルース』はジャズ草創期に活躍した作曲家のスペンサー・ウィリアムズが1926年に作曲し、ルイ・アームストロングがレコーディングして広まった曲。

『「大いなる野望」のテーマ』は、ベストセラー小説が原作の映画『大いなる野望』(エドワード・ドミトリク監督、ジョージ・ペパード、アラン・ラッド出演、1964年公開のアメリカ映画)で使われた、ハリウッドの著名な作曲家であるエルマー・バーンスタインによる作品です。

このほか、新旧取り混ぜたカヴァー曲と、ジミー・スミスのオリジナル『ドロンのブルース』を収録しています。

“名盤”の理由

ジミー・スミスのアルバムとは言うものの、アレンジャーのラロ・シフリンを起用して“売れるジャズ”のアルバムをつくろうという気が満々の企画だったことが、いまになると透けて見えるようです。

1932年にアルゼンチンのブエノスアイレスで生まれたラロ・シフリンは、国内でクラシックを学んでから渡仏し、1950年代にフランスでジャズ・ピアニストとアレンジャーとしてのキャリアをスタートしました。

その後、アメリカでディジー・ガレスピー楽団のピアニスト兼アレンジャーとなり、一気にシーンの最前線へ躍り出たのがちょうど本作のころ。

本作をリリースしたヴァーヴ・レコードはMGM(アメリカの老舗映画スタジオのひとつ)傘下だったため、映画音楽とジャズをコラボさせたらイケるんじゃないかということになって実現したレコーディング──ではないかと勘ぐっています。

もちろん、ジミー・スミスにその荷を負わせるだけの才能をプロデューサーのクリード・テイラーが認めていたからなのですが、ほかの楽器に比べるとジャズ色の強い(つまりアフリカン・アメリカンのサウンドというイメージが濃い)ハモンドオルガン社製のB-3オルガンを用いて、当時のエンタテインメント界の“ドル箱”だった映画界からファンをかっさらってしまおうという一挙両得を試みて、見事に成功してしまったのが本作だったのではないかと思うのです。

いま聴くべきポイント

1920年代、スウィングと呼ばれていたジャズは、ポピュラー・ミュージックの再生装置として機能していた──つまりポピュラー音楽とイコールと言える親和性があったわけですが、1930年代末にビバップが勃興すると、インプロヴィゼーションが重視されるようになり、「“型が定まらない”ものがジャズ」という認識が高まっていきます。

1960年代は、そうしたジャズの“わかりづらさ”を取り払い、ポピュラー音楽との親和性を高める努力が盛んに試みられた時代でもありました。

そのひとつが本作の“(ラロ・シフリンの)映画音楽的アプローチ”と“(ジミー・スミスの)ジャズ・テイスト増し増し”のコラボだったわけです。

ラロ・シフリンはこのあと、テレビドラマ『スパイ大作戦』(1966~73年)、映画『燃えよドラゴン』(1973年)と、次々にハリウッドを代表する映画音楽作曲家としての実績を積みますが(ボクのラロ・シフリン体験は1973年の映画『ダーティハリー2』からでした)、彼の“ジャズというエッセンスをポピュラー音楽へ溶かし込むワザ”の原点が、本作にあったのだと思います。

そしてなによりも、そんなラロ・シフリンのサポートを受けて思いっきりジャズのプレイに興じているジミー・スミスの、ジャズが増し増しで滲み滲みのプレイを堪能できるところにこそ、本作の“名盤”たるゆえんがあるのです。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:藤田真央さん「底辺にある和音の上に内声が乗り、そこにポーンとひとつの音を出す。その響きの融合が理想の音です」

17111views

MC5

音楽ライターの眼

ウェイン・クレイマーに捧ぐ。あらゆるハード・ロックとパンクの始祖MC5へのトリビュート・アルバム発表

5087views

Venova(ヴェノーヴァ)

楽器探訪 Anothertake

スタイリッシュで斬新なデザイン。思わず吹いてみたくなるカジュアル管楽器「Venova(ヴェノーヴァ)」の誕生

11493views

楽器のあれこれQ&A

目的別に選ぼう電子ピアノ「クラビノーバ」3シリーズ

4896views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目の若手サクソフォン奏者 住谷美帆がバイオリンに挑戦!

10638views

オトノ仕事人

コンピュータを駆使して、ステージのサウンドをデザインする/ライブマニピュレーターの仕事

11658views

サラマンカホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

まるでヨーロッパの教会にいるような雰囲気に包まれるクラシック音楽専用ホール/サラマンカホール

25669views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

12413views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

世界の民族楽器を触って鳴らせる「小泉文夫記念資料室」

26407views

われら音遊人:高度&骨太なサウンドにソウルフルな歌声が響く!

われら音遊人

われら音遊人:高度&骨太なサウンドにソウルフルな歌声が響く!

1212views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

もしもあのとき、バイオリンを習っていたら

6414views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

28139views

おとなの楽器練習記:岩崎洵奈

おとなの楽器練習記

【動画公開中】将来を嘱望される実力派ピアニスト、岩崎洵奈がアルトサクソフォンに初挑戦!

13015views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

13469views

音楽ライターの眼

ベンチャーズが来日60周年記念ツアー。変わる時代と変わらぬ音楽

15345views

テレビや映画の映像を音楽の力で何倍にも輝かせ、人の心を揺さぶる/劇伴作家の仕事

オトノ仕事人

【サインCDプレゼント】テレビや映画の映像を音楽の力で何倍にも輝かせ、人の心を揺さぶる/劇伴作家の仕事

16931views

われら音遊人ー021Hアンサンブル

われら音遊人

われら音遊人:元クラスメイトだけで結成。あのころも今も、同じ思いを共有!

6632views

トランスアコースティックピアノ™

楽器探訪 Anothertake

音量の問題を解決し、ピアノの楽しみを広げる「トランスアコースティックピアノ」

5974views

福岡市民ホール

ホール自慢を聞きましょう

歴史をつなぎ、新しい感動をつくる。音楽・芸術文化の新たな拠点/福岡市民ホール

479views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.7

パイドパイパー・ダイアリー

最初のレッスンで学ぶ、あれこれについて

5341views

楽器のあれこれQ&A

ドラムの初心者におすすめの練習方法や手が疲れないコツ

12666views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

8711views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

11763views