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「音楽の輪・人の和」を大切にして、子どもたちを健やかに育てる/地域バンドをまとめる仕事
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2024.11.27
tagged: オトノ仕事人, 半田ジュニアブラスバンド
地域バンドの先駆けとして30年弱もの歴史を持ち、学校の部活動とは異なる立場から、子どもたちの音楽教育と健全育成に取り組んできた愛知県半田市の「半田ジュニアブラスバンド」。事務局長の松石陽介さんに、地域バンドをまとめる仕事のやりがいや醍醐味について聞いた。
学校だけでなく、地域全体で子どもを育てていく――学校における部活動の積極的な地域移行が推進されている今、そのための土壌づくりが地域に求められている。そんな中、半田ジュニアブラスバンドはいち早く地域での吹奏楽指導を行ってきた。
小学4年生から中学3年生までが所属し、月に2回の練習に励みながら、年に一度の定期演奏会や地域イベントへの参加など地元に根付いた活動を展開し、海外への演奏旅行も精力的に行う。あえて、多くの学校の吹奏楽部のように、コンクールへの出場や演奏レベルの向上を目的には据えていない。その理由について、事務局長の松石陽介さんは語る。
「実力主義を突き詰めることは、このバンドで演奏する人を選んでしまうということ。われわれにとって、音楽とは誰もが身近に楽しめるものなので、それは避けたいと考えました」
誰もが音楽を楽しめるように。この願いは、バンドの活動テーマである「音楽の輪・人の和」にもつながる。これはバンドの設立者であり、現在は代表理事を務める松石奉之(ルビ:ともゆき)さんが、初代団長の清水豈明(ルビ:やすあき)さんとともに「音楽の輪を広げるだけでなく、楽団の中にいる人と人、地域にいる人々との輪=和を大切にしたい」という想いから定めたものだ。
バンドの設立は1997年。当時、文部省(現・文部科学省)の中央教育審議会が発表した「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について」において、特に運動系の部活動は地域単位で行うべきとの提言がなされた。それに応じて、半田市では外部講師を招いて部活動を展開する学校が増加したが、文化系の部活動では外部指導を担う人材の確保が難しく、吹奏楽もそのひとつであった。「このままでは半田市の吹奏楽部が少なくなってしまい、全体的に活動が縮小してしまうのではないか」と危機感を覚えた奉之さんは、地元の小中学校で吹奏楽の指導を重ねてきたキーパーソンと手を取り合い、「音楽を通じた青少年の健全育成」を目的として半田ジュニアブラスバンドを結成した。
陽介さんが事務局長になったのは2020年。父親でもある、初代事務局長の奉之さんからバトンを引き継いだ。自身も小学4年生で半田ジュニアブラスバンドに入団し、ユーフォニアムを吹きながら育った。
事務局長の仕事は多岐にわたる。バンドの予算管理や、各所からくる出演依頼の対応、運営に携わるスタッフや指導者との連携、楽器や備品の管理――。バンドを円滑に運営していくためのあらゆるタスクをこなしていくのが役割といえる。事務局には陽介さんのほかにもスタッフがおり、時には熱い議論を繰り広げることもあるという。
「議題はバンドの運営方針や定期演奏会の曲目などさまざまですが、どんなに議論が白熱しても、スタッフの心の根底にあるのは“子どもたちのために”という共通の想いです」
現在のバンドには、実際に演奏する子どもたちだけでなく、団員に音楽や楽器を教える指導者やトレーナー、バンドの活動を支援するサポーター、団員の保護者など100人近くが関わっている。トレーナーやサポーターには、すでに卒団した高校生や大学生、社会人が多く含まれる。
「半田ジュニアブラスバンドの団員は、高校生になると同時に卒団になるのですが、そのまま継続してトレーナーやサポーターになる人がたくさんいます。音楽が本当に好きなので、あえて団を抜ける必要がなく、ゆるく長く音楽を続けられる場所として、そのまま肩書きを変えて所属し続けているのです」
子どもたちは、活動の中でさまざまな人たちとの関係性を深め、「音楽の輪・人の和」を大切にするマインドを育む。活動年数を重ねるごとに卒団生が輩出され、バンドに関わる人も増えていく。こうしたたくさんの人の想いを背負いながら、その中心を担う「ハブ」として事務局長の陽介さんは日々奮闘している。
陽介さんが仕事にやりがいを感じるのは、「団員の変化や成長を目の当たりにしたとき」だという。
「子どもたちがバンドを通して大きな経験を得ることで、その直後に顔つきが変わったり、未来への糧になったりすることがあるんです。それを見られるのが、この仕事の醍醐味ですね。たとえば、オーストラリアへの演奏旅行のとき、現地でホームステイを経験した子どもが今は英語の仕事に就いています。また、東日本大震災の被災地を訪ねて演奏した子どもが、今は自衛隊に属しているケースもあります」
2024年8月には、南アジアのブータン王国への親善演奏旅行も実施した。発展途上国でありながら国民総幸福量の数値が高く、「世界一幸せな国」と称されることも多いブータン。この旅行では、現地の学校を訪ねて演奏するだけでなく、ブータンで出会った人々に「あなたにとって幸福とは何ですか?」という聞き取りを行うという課題を子どもたちに課し、「本当の幸福」について考える機会を与えた。音楽に取り組むだけでなく、多様な人たちと交流し、幸せに生きていくために必要なことも自ら吸収できる。こうした器の大きさは、半田ジュニアブラスバンドが地域で30年近く積み重ねてきた歴史と太い歩みによるものだろう。
地域バンドは各地に存在するが、地域住民の理解や協力を得ながら活動を継続していくのは往々にして難しい。半田ジュニアブラスバンドが30年近くの歴史を刻んでこられた理由として、陽介さんは「地域の楽器店が運営を担っていることがポイント」と話す。
同バンドは、半田市に本拠があるマツイシ楽器店に事務局を置いている。奉之さんはこの楽器店の代表取締役会長であり、陽介さんは取締役副社長と系列会社の代表取締役社長を務める。地元に根付いた企業が中心となり、地域バンドを運営することのメリットを奉之さんはこう語る。
「半田ジュニアブラスバンドの運営メンバーは、事務局長を含めて全員ボランティアです。それぞれのメンバーはバンドへの熱い想いを持っていますが、仕事や家庭などもあり、どうしてもバンドに関わるのが難しい時期や、負荷がかかってしんどくなるときも出てくるわけです。だからこそ、地域の楽器店が事務局を担い、その経営側の人間が事務局長を務めることで、地域バンドの永続性を担保できるのです。そして企業が主体となってやるからこそ、地域における音楽文化の長期的な普及にもつながるのだと思います」
地域バンドの理想的なモデルともいえる半田ジュニアブラスバンド。最後に、陽介さんの目標を聞いた。
「子どもたちの音楽的な教育に加え、地域全体の文化的な素養を高めていきたいです。それは、行く行くは楽器店のビジネスにもつながると思いますが、それだけでなく、音楽を通した“人の輪”を作ることにも直結すると考えています。その輪を広げることで、子どもたちの成長や人生に明るい変化を生み出していくことが目標です」
Q.子どものころになりたかった職業は?
A.楽器店に生まれ育ったので、いつか音楽の仕事に就くのだろうなと思っていました。ブラスバンドでユーフォニアムを吹いたり、名古屋まで通ってドラムを学んだり、さまざまな音楽体験をしてきましたが、現在は楽器店の経営者として頑張っています。
Q.休日の過ごし方は?
A.ふたりの子どもの子育てに奮闘しています。音楽だけでなく、スノーボードも趣味なので、いつか子どもたちに教える機会があれば……と思いますが、今は仕事と子育てをするだけで疲れてしまうことが多いです(笑)。
Q.よく聴く音楽は?
A.ロックが好きです。特に1990〜2000年代の洋楽アーティストの楽曲をよく聴きます。学生時代は、自分がドラムを担当するバンドで、こうしたアーティストの曲をカバーしていたこともあります。
Q.人生で大切にしていることは?
A.常に誠実でいることを心がけています。楽器店の経営も、地域バンドの活動も、すべて人と人との関わり合いがベースにあるもの。だからこそ、あらゆる人や物事に対して筋を通す姿勢を大切にしたいと思っています。
文/ 桒田萌
photo/ 村川荘兵衛(1~6枚目)
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