Web音遊人(みゅーじん)

今月の音遊人:村治佳織さん「自分が出した音によって聴き手の表情が変わったとき、音楽の不思議な力を感じます」

クラシックギタリストとして鮮烈なデビューを飾り、現在は映画音楽を含む幅広いレパートリーと聴き手の心を包み込むような音色で、多くの人を魅了し続けている村治佳織さん。音楽活動を中心としてさまざまな経験を積み、演奏も人間力もますます深みを増しているいま、そのバックグラウンドにある音楽観や日常を楽しむ心、さらには心に残る音楽などについてうかがいました。

Q1.これまでの人生の中で、一番多く聴いた曲は何ですか?

演奏をした曲であれば間違いなく「アランフェス協奏曲」だと思いますが、聴いた曲となると……。小・中学生の頃は光GENJIやドリカム、映画『ボディガード』のサントラなどが大好きでしたけれど、音楽を聴いている時間よりギターを練習している時間のほうが圧倒的に多かったので、あまり“この1曲”というものがありませんね。でもあえて選ぶとするなら、20代のころスペインに滞在したとき、毎日のように聴いていたタック&パティの『ラーニング・ハウ・トゥ・フライ』というアルバムでしょうか。いまでも聴いていると、留学中の暮らしや住んでいた部屋の風景まで思い出すほどです。当時、私はクラシックギタリストとして活動していましたが、タックさんの「これ、本当にひとりで弾いているの?」と思ってしまうほど、多彩なテクニックを使ったギターの演奏がとても新鮮でした。妻であるパティさんの大地を感じさせる温かい歌声も素晴らしいですし、パリのライブハウスで実際に聴いたときには本当に感動しました。おふたりの音楽にはもちろんですが生き方にも感銘を受けましたし、純粋に聴く楽しさを教えていただいたと思っています。

Q2.村治さんにとって「音」や「音楽」とは?

目に見えない不思議な力をもっているものだと思います。世の中には同じく、目に見えないけれど心動かされる大切なものはいろいろあり、だからこそ毎日が新鮮で楽しく感じられるのでしょうけれど、その中で音や音楽は自分にとってもっとも身近なものですね。ですから音楽家である私にとっては、生きる糧のようなものかもしれません。自分が出した音によって聴き手の表情が変わったときなど、まさにその力を感じることがあります。一見すると気むずかしそうな人が音楽を聴いて柔らかな笑顔を見せてくれたり、震災の被災地を訪問して『アルハンブラの想い出』やビートルズの曲を演奏した後、ある方が「ずっと我慢していたけれど、自分の感情を素直に出せるようになった」とおっしゃってくれたりしたときなど、自分が奏でている音楽というものの力を実感させられるような気がしました。
例えば茶の湯では、お招きする方を前もって想定し、おもてなしをすると聞いたことがありますが、私もたいへんお世話になったある方のためにプログラムを考え、その方だけのために演奏したことがあります。そうして心が通い合うことを茶の湯では「直心(じきしん)の交わり」というそうですが、言葉でなくても伝えることができる音楽というのは、やはり素晴らしいと思いました。

Q3.「音で遊ぶ人」と聞いてどんな人を想像しますか?

常に好奇心旺盛で、心の赴くままに行動をする人……それは私のことかもしれませんね。日常のさまざまなことを楽しんでいますし、ギターを弾くときも練習のときから楽しんでいます。練習というのは、もちろんコンサートの本番や録音をするために必要な時間ですけれど、同時に自分ひとりの楽しみでもあり、自分のためだけに音を出せる時間でもあります。そういう考えに至るまでは練習がつらいと思ったこともありました。体調を崩してギターを弾きたくても弾けない時期があり、そのときに十分過ぎるくらい休んでいろいろなことを考えました。それは人生における豊かな休養期間になりましたし、練習がつらいと感じるのはもういやだなと思ったのです。きっと、肩の力がうまい具合に抜けて、その状態で新しいものをキャッチすることができるようになったのでしょう。練習を楽しんでいれば、その楽しさをお客様に伝えたり、共有することもできますよね。そうした状態でお客様に演奏を聴いていただくことで自分の音楽が育っていくのでしょうし、どのような会場であってもいつも通りに力を抜いて演奏すれば、ベストの自分を聴いていただけるという確信も持てるようになりました。

 

村治佳織〔むらじ・かおり〕
幼少の頃より数々のコンクールで優勝を果たし、15歳でCDデビュー。1996年にはイタリア国立放送交響楽団との共演がヨーロッパ全土に放送され、好評を得た。フランス留学から帰国後、積極的なソロ活動を展開。N響ほか国内主要オーケストラ及び欧州のオーケストラとの共演も多数重ね、2003年英国の名門クラシックレーベルDECCAと日本人として初の長期専属契約を結ぶ。第5回出光音楽賞など受賞歴も多数。2018年9月にリリースしたDECCA13枚目となるアルバム『シネマ』は、第33回日本ゴールドディスク大賞インストゥルメンタル・アルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞。
2019年1月アランフェス協奏曲連続4公演を成功させる。
オフィシャルサイトはこちら

特集

Char

今月の音遊人

今月の音遊人:Charさん「いろんな顔を思い出すね、“音で遊んでる”ヤツって。俺は、はみ出すヤツが好きなんだよ」

6545views

音楽ライターの眼

FUJI ROCK FESTIVAL’19開催。多彩な顔ぶれと新しい発見への旅

8200views

楽器探訪 Anothertake

ナチュラルな響きと多彩な機能で電子ドラムの可能性を広げる、新たなフラッグシップモデルDTX10/DTX8シリーズ

5589views

ヴェノーヴァ

楽器のあれこれQ&A

気軽に始められる新しい管楽器 Venova™(ヴェノーヴァ)の魅力

4550views

おとなの楽器練習記

【動画公開中】注目の若手ピアニスト小林愛実がチェロのレッスンに挑戦!

11304views

オトノ仕事人

芸術をとおして社会にイノベーションを起こす/インクルーシブアーツ研究の仕事

7877views

サントリーホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

クラシック音楽の殿堂として憧れのホールであり続ける/サントリーホール 大ホール

26544views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

8770views

上野学園大学 楽器展示室」- Web音遊人

楽器博物館探訪

伝統を引き継ぐだけでなく、今も進化し続ける古楽器の世界

14621views

ONLYesterday

われら音遊人

われら音遊人:愛するカーペンターズをプレイヤーとして再現

2285views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォン教室の新しいクラスメイト、勝手に募集中!

5302views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

35092views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:和洋折衷のユニット竜馬四重奏がアルトヴェノーヴァのレッスンを初体験!

6201views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

専門家の解説と楽器の音色が楽しめるガイドツアー

9641views

音楽ライターの眼

ベートーヴェン生誕250年に歌曲の魅力に触れる

2997views

NHKのど自慢

オトノ仕事人

歌とともにその土地の風土と新鮮な人間ドラマを伝える「NHKのど自慢」/長寿の歌番組をつくる仕事

3587views

われら音遊人 リコーダー・アンサンブル

われら音遊人

われら音遊人:お茶を楽しむ主婦仲間が 音楽を愛するリコーダー仲間に

9257views

P-515

楽器探訪 Anothertake

ポータブルタイプの電子ピアノ「Pシリーズ」に、リアルなタッチ感が得られる木製鍵盤を搭載したモデルが登場!

36791views

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル

ホール自慢を聞きましょう

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル

17356views

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい 山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい

6487views

初心者必見!バンドで使うシンセサイザーの選び方

楽器のあれこれQ&A

初心者必見!バンドで使うシンセサイザーの選び方

25571views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

8114views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

11857views