今月の音遊人
今月の音遊人:富貴晴美さん「“音で遊ぶ人”たちに囲まれたおかげで型にはまることのない音作りができているのです」
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今月の音遊人:川井郁子さん「私にとっての“いい音楽”とは、別世界へ気持ちを運んでくれる翼です」
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2019.4.1
クラシックの第一線を走り続けながら、ジャンルを自在に往来し、独自の音楽活動を展開するバイオリニストの川井郁子さん。作曲家としても才能を発揮するほか、舞台芸術と一体化した演奏パフォーマンスなどにも注目が集まっています。その自由な感覚と独特の世界観は、どこから生まれているのか。影響を受けたアーティストや音楽への思いをうかがいました。
一曲をあげるのは難しいのですが、タンゴの革命児といわれるアストル・ピアソラの作品を一番多く聴いていると思います。あるピアニストにすすめられて彼のCDを聴いたときには、それまで感じたことがないような衝撃を受けました。静けさのなかにある激しさというか、内省的な情熱というか……胸をわし掴みにされるような魂の叫びを感じましたね。
そのころの私はイギリスでデビューの機会をいただいて活動していたのですが、音楽家として存在することの必然性について悩んでいました。バイオリニストは他の人でもいいのではないかと思ったり、バイオリンを道具のように感じてしまったり。学生時代から、自分にしかできないもの、私らしいものをやらなければ意味がないという考えが強かったんです。
そんなタイミングで聴いたので、余計に感動したのかもしれません。ピアソラは、これまでにない完全に独自のジャンルをつくり上げていました。ああ、こんな道があるんだ!と答えをもらったような気持ちになりました。
音楽のジャンルは枠に当てはめたり、誰かが決めたりするものではなく、演奏家自身がつくるもの。自らが持っているものからしか始まらない。生身の自分を音楽で開放するという感覚を教えてくれたのがピアソラでした。
その後、私も音楽をつくり始めたときには、改めてそのすごさを感じましたね。今でも憧れのアーティストであり、目指せば目指すほど遠くなる存在です。
私にとっての“いい音楽”とは、別世界へ気持ちを運んでくれる翼です。聴き手としてはもちろんですが、弾き手としてよりそれを強く感じるかもしれません。
私は6歳のときにラジオから流れてきたマックス・ブルッフのバイオリン協奏曲を聴いてその音色に惹かれ、バイオリンを始めました。低音を多用して聴かせる曲なのですが、ふだんの私の声に近かったのか、共鳴するものがあったのだと思います。
自分にはバイオリンという楽器が一番向いていると考えたわけでもないし、そのころはプロになるとは誰も思っていなかったでしょうけれど、とにかくバイオリンを弾いている時間が好きでした。弾いていると、いつでも違う世界へ行くことができる。好きな絵を譜面台に置いて弾いたりもしていましたね。そうすると、その絵からどんどん想像が広がって、より音楽を楽しめるんです。
今でも、演奏しながら音に誘われて気持ちが飛翔したり、満たされたり、あるいは昔の切ない思いが蘇ってきたり。「音楽」は別世界へと誘ってくれる大切な存在です。
“自分の感性で音から何かを生み出す人”ですね。頭のなかでの空想でもいいし、身体表現でもいい……音から何か別のものをクリエイトする人たちだと思います。
たとえば、フィギュアスケートの選手の方々もそうなのではないでしょうか。数人の選手が私の楽曲を使用してくださっているのですが、最初に使ってくださったのは世界選手権で1位に輝いたミシェル・クワン選手。『レッド・ヴァイオリン』に乗せた華麗な演技を見たとき、自分の音楽が別の世界をつくっていることに驚きました。荒川静香選手には『夕顔~源氏物語より~』を使っていただいたのをきっかけに、アイスショーで共演させていただいたこともあります。音から魂が乗り移ったかのようなゾクゾクする演技は忘れられません。羽生結弦選手は、チャイコフスキーの『白鳥の湖』をモチーフにした『ホワイト・レジェンド』を長く使ってくださっていますが、彼の表現は私がこの曲をアレンジしたときに思い描いていた想像をはるかに上回るすばらしいもので感動しました。
音があると空想して遊べる私も「音で遊ぶ人=音遊人」かもしれませんね。「音遊人」としてチャレンジしたいのは、ピアソラが新しい音楽をつくり上げたように新しい音楽舞台をつくり上げること。現在、大好きな和楽器とともにホログラムを使った舞台を構想中です。ピアソラの代名詞のように言われた“革命児”。私は、それに憧れているのだと思います。すばらしいオペラやミュージカルはたくさんありますが、これまでになかった形式の説得力のある舞台をつくりたいと強く思っています。
川井郁子〔かわい・いくこ〕
ヴァイオリニスト 、作曲家。香川県出身。東京藝術大学卒業。同大学院修了。現在、大阪芸術大学(演奏学科)教授。指揮者チョン・ミョンフンや、テノール歌手ホセ・カレーラスなどの世界的音楽家たちと共演。2008年ニューヨークのカーネギーホール公演にてアメリカデビュー。2013年映画「北のカナリアたち」で第36回日本アカデミー賞・最優秀音楽賞を受賞。デビュー15周年の2015年には、パリ・オペラ座公演を成功させ、国内外を問わず、精力的に活動している。
文/ 福田素子
photo/ 宮地たか子
tagged: バイオリン, インタビュー, 今月の音遊人, 川井郁子
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