今月の音遊人
今月の音遊人:武田真治さん「人生を変えた、忌野清志郎さんとの出会い」
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真の神童と称され、2歳でピアノを始め、10歳でコンチェルト・デビュー、11歳でリサイタル・デビューを果たしたエフゲニー・キーシンも40代半ばを超え、巨匠の道をひたすら邁進している。彼はレパートリーをむやみに広げることなく、自身の成長に合わせてじっくりと選び抜いてきた。近年は、今後の音楽の方向性を示唆するべく、未来へと向かう気持ちが演奏から浮かび上がるようになっている。
キーシンがロシアの地から出てニューヨークに住まいを移したのは、1990年代初頭のこと。国際的な音楽都市に身を置き、欧米各地で精力的に演奏活動を行うようになった。思えばホロヴィッツもニューヨークで成功したピアニストである。ニューヨークの聴衆は国籍や年齢を問わず、一流の演奏を維持する音楽家にはこの上なく温かく、少しでも自分を高める気持ちを怠る音楽家にはとても冷たい。
そんな耳の肥えた聴衆のもとで、キーシンは自分を磨く決心をしたのである。
「ニューヨークは人種のるつぼ。日々、研鑽を積まなければ、すぐに忘れられてしまう」
ニューヨークに移ったころ、キーシンはこういって自身を律していた。その後、2002年には英国国籍を取得し、2013年にはイスラエル国籍も取得し、いまや世界の舞台を視野に入れ、国際人として幅広い聴衆に支持されるようになっている。レパートリーは当初のロマン派作品とロシア作品が中心だった時代を超え、近年は幅広い作品に視野を広げている。
「新たな作品と対峙するときは、楽譜をじっくり読むことは基本ですが、その作品が生まれた時代の歴史や社会、作曲家を取り巻く状況なども時間をかけて調べます」
そんな彼は国際コンクールの受賞歴なしに世に出られた稀有なピアニスト。その底力は年々熟成し、音楽があるべき姿で存在する。
そのキーシンが自らの生い立ちから神童と呼ばれた子ども時代、ブロとして国際舞台へ飛翔していく時代、巨匠へと歩みを進める時代など各時代のさまざまなできごと、偉大な音楽家との出会い、作品についてなどを忌憚のない文で赤裸々に綴った自伝が登場した。これは単なる天才の生涯を描き記した本ではなく、音楽家の内面が吐露されたもの。キーシンの演奏はデビュー当初から内外の公演を聴き続けているが、その根底に宿るものは一貫して変わっていない。もちろん円熟味と洞察力が増したが、作品全体のとらえかた、解釈、表現は不変的なものがある。作品に託した詩的感情や芸術的描写を描き出すよう透明感に満ちたピュアで自然な音色を遺憾なく発揮され、キーシンならではの幻想的で美しい音世界へと聴き手をいざなう。完璧性を追求するピアニズムは長年の驚異的な練習量から生み出された賜物だが、努力の痕跡は微塵も感じさせない。とりわけ自然なルバートが強く印象残る。そうした音楽がどのように生まれてくるのかをこの本はリアルに語っている。
キーシンは祖国ロシアの詩も愛読し、それらも多くの人々に読んでほしいと願っている。その詩人の話も本には登場してくる。
「ロシアの詩人の詩は、ぜひ原語で読んでほしいのです。できることなら録音で朗読を聴いて、詩の微妙なニュアンスを感じてほしい。ロシアにはすばらしい詩がたくさんありますし、そこから国や文化、歴史などへの理解が深まると思いますので……」
演奏の内奥に迫るその語り口。“文で聴く彼の音楽”は、新たなる魅力を放っている。
『エフゲニー・キーシン自伝』
著者:エフゲニー・キーシン(森村里美 訳)
発売元:株式会社ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス
発売日:2017年3月19日
価格:2,500円(税抜)
伊熊 よし子〔いくま・よしこ〕
音楽ジャーナリスト、音楽評論家。東京音楽大学卒業。レコード会社、ピアノ専門誌「ショパン」編集長を経て、フリーに。クラシック音楽をより幅広い人々に聴いてほしいとの考えから、音楽専門誌だけでなく、新聞、一般誌、情報誌、WEBなどにも記事を執筆。著書に「クラシック貴人変人」(エー・ジー出版)、「ヴェンゲーロフの奇跡 百年にひとりのヴァイオリニスト」(共同通信社)、「ショパンに愛されたピアニスト ダン・タイ・ソン物語」(ヤマハミュージックメディア)、「魂のチェリスト ミッシャ・マイスキー《わが真実》」(小学館)、「イラストオペラブック トゥーランドット」(ショパン)、「北欧の音の詩人 グリーグを愛す」(ショパン)など。2010年のショパン生誕200年を記念し、2月に「図説 ショパン」(河出書房新社)を出版。近著「伊熊よし子のおいしい音楽案内 パリに魅せられ、グラナダに酔う」(PHP新書 電子書籍有り)、「リトル・ピアニスト 牛田智大」(扶桑社)、「クラシックはおいしい アーティスト・レシピ」(芸術新聞社)、「たどりつく力 フジコ・ヘミング」(幻冬舎)。共著多数。
伊熊よし子の ークラシックはおいしいー
文/ 伊熊よし子
tagged: ブックレビュー, 音楽ライターの眼, エフゲニー・キーシン自伝
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