Web音遊人(みゅーじん)

国際的に活躍を続ける三浦文彰、ピアノ界の新星との共演/三浦文彰 モーツァルト:バイオリン・ソナタプロジェクト Vol.1

若手ヴァイオリニストの雄、三浦文彰による「モーツァルト:バイオリン・ソナタプロジェクト」が始まった。初回のこの日のピアニストは、妹の三浦舞夏。2019年春、音楽大学を卒業した新星で、研鑽を積みながら演奏活動に注力していくそうだ。

プログラムは、モーツァルト(1756~91、オーストリア)の20代前半から後半にかけての作品から4曲をピックアップしたもの。昨今、ヴァイオリン・ソナタといえば「ヴァイオリン奏者がピアノの伴奏でソロ演奏する曲」と思われがちだが、時代的流行などもあり、そうとは限らない。モーツァルトの場合、初期(7~10歳)の作品は「ヴァイオリンと演奏することもできるクラヴィーアのためのソナタ」で、ヴァイオリンはあくまで助奏役。しかし10年のブランクを経て成人してからの作品は、ヴァイオリンの比重が次第に大きくなっていき、やがて両者は対等のパートナーに。

この日は、そんな変化を楽しめる趣向らしく、前半は22歳の頃のK.301(293a)とK.296の2曲。家族や友達など、親しい者同士の楽しい会話を連想する曲調だ。モーツァルトは、マンハイム・パリ旅行の途上でこれらを作っている。母を伴って仕事探しの旅だった。K.301(293a)は、ロマンチックな希望に満ちた響きのヴァイオリンに、ピアノが子猫のようにじゃれつくかのように始まり、次第に双方がなじんでいった。K.296は、ヨハン・クリスティアン・バッハのアリア「甘きそよ風」をモチーフにした第2楽章のヴァイオリンとピアノの呼応が美しい。2人の演奏は「若手の旗手として気を吐く兄とその胸を借りて懸命に演奏する妹」といった風情で、いずれも、希望を抱いて旅に出たモーツァルトの意気揚々とした姿が浮かぶ心地がした。もっとも神は残酷と言おうか、直後にパリで母が急死し、さらに失恋の追い打ちもあって、ボロボロの精神状態で故郷ザルツブルクに帰り着くのだが。

休憩をはさんで、後半の最初はK.377(374e)。モーツァルトが宮廷音楽家を辞めて独立した25歳の作品である。ヴァイオリンとピアノの下降旋律が呼応する第1楽章、カノン風の第2楽章、ピアノの分散和音が華やかな第3楽章、いずれも文彰のヴァイオリンが微妙なニュアンスを醸し、勢いをコントロールしつつ展開していく。最後のK.454に至っては、結婚してウィーンを拠点に大活躍する28歳のモーツァルトが、当時の人気女性名手との共演用に作っただけあって、ヴァイオリンが終始エピソード風の旋律を担い、もはや文彰の独壇場といった風情。軽妙かつ情趣に富んだ響きが、ピアノと手を携えたりシンクロしたりしつつ進行する。

文彰、舞夏のふたりと同じ年頃にモーツァルトがこれらを作っていたのだと思うと、プログラムがより意味深く感じられるのは私だけではないだろう。文彰はソロやコンチェルトはもとより、室内楽で弾き振りしたり、音楽祭のアーティスティック・リーダーを務めたりして躍進的に活動の幅を広げている。舞夏はそんな背中を追いかけながら、レパートリーを広げ、どんなカラーを見つけ出すのだろうか。

原納暢子〔はらのう・のぶこ〕
音楽ジャーナリスト・評論家。奈良女子大学卒業後、新聞社の音楽記者、放送記者をふりだしに「人の心が豊かになる音楽情報」や「文化の底上げにつながる評論」を企画取材、執筆編集し、新聞、雑誌、Web、放送などで発信。近年は演奏会やレクチャーコンサート、音楽旅行のプロデュースも。書籍「200DVD映像で聴くクラシック」「200CDクラシック音楽の聴き方上手」、佐藤しのぶアートグラビア「OPERA ALBUM」ほか。
Lucie 原納暢子

 

特集

今月の音遊人:姿月あさとさん「自分が救われたり癒やされたりするのは、やはり音楽の力だと思います」

今月の音遊人

今月の音遊人:姿月あさとさん「自分が救われたり癒やされたりするのは、やはり音楽の力だと思います」

13039views

音楽ライターの眼

生誕250年のメモリアルイヤーに、ベートーヴェンの《第9》を改めて聴き直したい

2760views

CP88/73 Series

楽器探訪 Anothertake

ステージで際立つ音色とシンプルな操作性で奏者をサポート!最高のライブパフォーマンスをかなえるステージピアノ「CP88」「CP73」

15723views

これからアコースティックギターを始める際のギターの選び方や準備について

楽器のあれこれQ&A

これからアコースティックギターを始める際のギターの選び方や準備について

17105views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目のピアノデュオ鍵盤男子の二人がチェロに挑戦!

8310views

音楽市場を広げたい、そのために今すべきこと/ジャズクラブのブッキング・制作の仕事(後編)

オトノ仕事人

音楽市場を広げたい、そのために今すべきこと/ジャズクラブのブッキング・制作の仕事(後編)

7250views

秋田ミルハス

ホール自慢を聞きましょう

“秋田”の魅力が満載/あきた芸術劇場ミルハス

4830views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

6729views

上野学園大学 楽器展示室」- Web音遊人

楽器博物館探訪

伝統を引き継ぐだけでなく、今も進化し続ける古楽器の世界

12884views

Red Pumps BIGBAND

われら音遊人

われら音遊人:出自がさまざまなメンバーと、誰もが楽しめる音楽をビッグバンドで

567views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

大人の音楽レッスン、わたし、これでも10年つづけています!

7082views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

25170views

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

9140views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

11291views

音楽ライターの眼

ステージは作曲現場 ジャズを広げる創造力/小曽根真 スペシャル・コンサート

4222views

小林洋平

オトノ仕事人

感情や事象を音楽で描写し、映画の世界へと観る人を引き込む/フィルムコンポーザーの仕事

1480views

われら音遊人

われら音遊人:大学時代の仲間と再結成大人が楽しむカントリー・ポップ

4408views

楽器探訪 Anothertake

存在感がありながら他の楽器となじむシンフォニックなサウンドが光る、Xeno(ゼノ)トロンボーンの最上位モデル

5272views

メニコン シアターAoi

ホール自慢を聞きましょう

五感で“みる”ことの素晴らしさを多くの方と共感したい/メニコン シアターAoi

2701views

山口正介さん

パイドパイパー・ダイアリー

「自転車を漕ぐように」。これが長時間の演奏に耐える秘訣らしい

6074views

エレキギター

楽器のあれこれQ&A

エレキギターのサウンドメイクについて教えて!

373views

こどもと楽しむMusicナビ

親子で参加!“アートで話そう”をテーマにしたオーケストラコンサート&ワークショップ/第16回 子どもたちと芸術家の出あう街

5386views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

25170views