Web音遊人(みゅーじん)

連載4[多様性とジャズ]「ジャズは個人主義の音楽である」という前提をルイ・アームストロングに語ってもらうための序章

前稿で日本人と全体主義と個人主義の関係性をザックリと整理したので、次に進みたい。

ということで、まずジャズと個人主義の関係を考えてみたいのだが、そのとっかかりとして言葉の定義から手を付けてみよう。

1984年から1994年にかけて全26巻が刊行され、現在は毎月定期的に更新されるデジタル版が利用できる『日本大百科全書』には、ジャズの特徴として次の3点が挙げられている。

「(1)4分の4拍子の第2拍と第4拍にアクセントを置くオフ・ビート(アフター・ビートともいう)のリズムから生じるスウィング感、(2)インプロビゼーション(即興演奏)に示される自由な創造性と活力、(3)演奏者の個性を強く表出するサウンドとフレージング」(引用:青木啓「ジャズ」の解説/日本大百科全書

この3点があるからこそジャズはクラシックと明確に一線を画しているのだという認識が広く普及し、それに対してボクも異論はない。

とはいえ、(3)で「演奏者の個性」があげられているのは、本稿を展開するうえで言及しないわけにはいかないだろう。

そう、一般的にジャズは「演奏者の個性」が大きく影響する音楽だと考えられている。つまり、“個性によって成り立っている音楽”と言い換えてもいいのではないだろうか。

そこで再び(前稿でも取り上げた)漱石先生の言葉を借りれば、個人主義というのは「個性を認めて尊重するもの」だったはず。

であれば、演繹法的に「ジャズは個人主義の音楽である」という結論が導き出せることになるのではなかろうか──となる。

もちろん、この演繹法にはエビデンスがないので、その周辺を探っていくのが本稿の目的にもなっているのだけれど、これでようやく、「ジャズは個人主義の音楽である」という論考のための前提条件の提示をまっとうすることができたのではないかと思う。

と、ここまでたどり着いて、いきなり混ぜっ返すようで申し訳ないのだけれど、ジャズ自体の出自は“自己表現”を目的としたものではなかったので、当初から“個人主義”と縁があるとはいえなかった。

ジャズのルーツは遊興施設で演奏される合奏音楽だったため、勝手な自由行動の許容範囲はきわめて狭かったはずだ。ただ、杓子定規に演奏するだけでは客受けが芳しくなかったため、ところどころに“決め事”にない演奏を盛り込むニーズが高まっていったのだろう。

“決め事”にない演奏=アドリブへの注目度が高まることによって、ジャズの人気も比例し、主客(=決め事とアドリブ)が転倒して“ジャズは個人の自由な発想による演奏が許される音楽”という認識につながっていったものと考えられる。

その転換点ともいうべきエポックが、1926年に行なわれた『ヒービー・ジービーズ』のレコーディングで、ルイ・アームストロング(トランペット、ヴォーカル)によるジャズ史上初のスキャットが記録されたことだった──という前振りをして、次回へつなげたい。


参考動画:Louis Armstrong – Heebie Jeebies (1926) [Digitally Remastered]

「多様性とジャズ」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

facebook

twitter

特集

出口大地

今月の音遊人

今月の音遊人:出口大地さん「命を懸けて全力で取り組んだ先でこそ、純粋に音楽を楽しむ心を忘れてはいけない」

1888views

ジャズとロックの関係性

音楽ライターの眼

コルトレーンってビートルズ・ナンバーを演奏してなかったんだっけ?──再び

5350views

最新の音響解析技術で低音域のパワフルな音量と響きを実現

楽器探訪 Anothertake

アコースティックギター専用の音響解析技術で低音域のパワフルな音量と響きを実現

10123views

楽器のあれこれQ&A

初心者必見!トランペットをうまく鳴らすコツと練習方法

125086views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目の若手サクソフォン奏者 住谷美帆がバイオリンに挑戦!

9347views

音楽市場を広げたい、そのために今すべきこと/ジャズクラブのブッキング・制作の仕事(後編)

オトノ仕事人

音楽市場を広げたい、そのために今すべきこと/ジャズクラブのブッキング・制作の仕事(後編)

7455views

ザ・シンフォニーホール

ホール自慢を聞きましょう

歴史と伝統、風格を受け継ぐクラシック音楽専用ホール/ザ・シンフォニーホール

24624views

Kitaraあ・ら・かると

こどもと楽しむMusicナビ

子どもも大人も楽しめるコンサート&イベントが盛りだくさん。ピクニック気分で出かけよう!/Kitaraあ・ら・かると

6222views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

10316views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:バンドサークルのような活動スタイルだから、初心者も経験者も、皆がライブハウスのステージに立てる!

8069views

サクソフォン、そろそろ「テイク・ファイブ」に挑戦しようか、なんて思ってはいるのですが

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォンをはじめて10年、目標の「テイク・ファイブ」は近いか、遠いのか……。

8365views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

30790views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目のピアノデュオ鍵盤男子の二人がチェロに挑戦!

8518views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

11554views

ジミ・ヘンドリックス

音楽ライターの眼

ジミ・ヘンドリックス“新作”『ボース・サイズ・オブ・ザ・スカイ』をエクスペリエンスせよ

7225views

音楽文化のひとつとしてレコーディングを守りたい/レコーディングエンジニアの仕事(後編)

オトノ仕事人

音楽文化のひとつとしてレコーディングを守りたい/レコーディングエンジニアの仕事(後編)

6223views

武豊吹奏楽団

われら音遊人

われら音遊人: 地域の人たちの喜ぶ顔を見るために苦しいときも前に進み続ける

1880views

クラビノーバ「CSPシリーズ」

楽器探訪 Anothertake

これまでピアノを諦めていた多くの人を救う楽器。楽譜作成・鍵盤ガイド機能が付いた電子ピアノ/クラビノーバ「CSPシリーズ」

21938views

メニコン シアターAoi

ホール自慢を聞きましょう

五感で“みる”ことの素晴らしさを多くの方と共感したい/メニコン シアターAoi

3057views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.3

パイドパイパー・ダイアリー

人生の最大の謎について、わたしも教室で考えた

5345views

楽器のあれこれQ&A リコーダー

楽器のあれこれQ&A

リコーダーを長く楽しむためのお手入れ方法

9353views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

10980views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

25586views