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ピアノをどう弾くかは、芸術であり科学/イリヤ・イーティン インタビュー
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2023.6.14
ロシアのエカテリンブルグに生まれ、突出した才能と卓越した技法を持つピアニストとして知られるイリヤ・イーティンのリサイタルが、2023年7月9日(日)にヤマハホールで開催される。プログラムは、F.シューベルトとJ.ブラームス。今回の曲は、この場所でヤマハのコンサートグランドピアノ「CFX」を弾くことを前提に選んだという。
イーティンがリサイタルで取り上げるシューベルトとブラームスは、彼にとって大切な作曲家たちだ。なかでもシューベルトには“心にとても近いものを感じる”と言い、出会いは幼少期にさかのぼった。
「初めて触れたシューベルトは、叔母が歌っていた『セレナーデ』と『水の上で歌う』でした。彼女に何て曲?と聞くと、“えっ、あなたこの曲を知らないの!?自分で調べなさい!”と言われて……。私はまだ小さな子どもだったというのに(笑)。幼い頃から家では常に音楽が流れていましたが、父がバロック好きだったため、耳にしていたのはパーセル、ヴィヴァルディ、パレストリーナ、バッハばかりだったのです。それから私は、叔母が持っていた歌曲集の楽譜の中に彼女が歌っていたメロディをみつけ、これがシューベルトの音楽なのだと知り、その天国的な美しさにすぐに魅了されました。良い出会いでした」
音楽院に入ってからは、歌曲の伴奏や室内楽で多くのシューベルト作品に触れた。やがてピアノソロ作品を弾きたいと思うようになり、先生に相談したが「もう少し大人になるまで待ちなさい」と言われて、なかなか弾かせてもらえなったと話す。
「リーズ国際ピアノコンクールを受けた29歳のとき、もうこの年齢ならいいかと思って、私はシューベルトの『ピアノ・ソナタ 第21番D.960』を弾きました。コンクール向きのレパートリーではないと言う人もいましたが、あとで審査員の一人に、私が優勝できたのはこの曲のおかげだっただろうと言われました。以来、私もシューベルトを弾けるかもしれないと思えたのです」
今回の公演で演奏するのは、『楽興の時 D.780 Op.94』と『ピアノ・ソナタ 第4番 D.537 Op.164 イ短調』。いずれの作品からも、特別な魅力を感じるらしい。
「表面上はシンプルにみえて、実際その音楽はとても深淵。シューベルトは人の目をくらます天才です。一見“ユーザーフレンドリー”だけれど、実際にはそれとかけ離れた恐ろしい一面があります。彼は他の作曲家たちが行く勇気のなかった場所に、いとも簡単に行ってしまいます。可愛らしい雰囲気で音楽が進んでいると思ったら、突然、真っ暗な空虚をみせ、しかしすぐに素敵な音楽に戻っていく。あの音楽から、なぜそう感じられるのかはわかりません。その答えをみつけるために、私はシューベルトを演奏し続けているのです」
イーティンがシューベルトに心惹かれるもう一つの理由は、ベートーヴェンとの比較に由来する。
「シューベルトは、ベートーヴェンより後の世代ですが、生きた時代はほとんど重なっています。しかし音楽の作り方は全く異なっていて、ベートーヴェンはある目的に向かい、どんな問題が起きてもその解決法を見つけようとします。一方、シューベルトは問題を見出しながら、それを解決しようとしているのか、どうでもいい、“ドウニカナルサ!”と思っているのかわかりません。堂々巡りをしていると感じるのです」
あわせて本公演で取り上げるのは、ベートーヴェンの影響が色濃いブラームスが、20歳のときに作曲した『ピアノ・ソナタ 第3番 Op.5 ヘ短調』だ。
「この曲は衝動的で、意欲と情熱にあふれています。この作品を書いた頃のブラームスは若かったけれど、彼は世に出た瞬間から成熟していたタイプ。もちろん生涯で作風は変化していますが、初期でもすでに自分が何であるか、進むべき方向はどこかを知っていたのだろうと感じます」
イーティンはいつも、プログラムをコンセプトや物語を創作していくような感覚で組み立ててゆくと話す。
「今回は、ドイツ・ロマン派の音楽の始まりから終わりに向かう時期をたどる内容で、時代の流れのアーチを描く、興味深いプログラムです。作曲家が自ら演奏していた時代と違い、現代の演奏家は他人が書いた曲を弾きます。だからこそ、自分の役割は何かを考えた上で選曲しています」
このプログラムは、ヤマハホールでコンサートグランドピアノ「CFX」を弾くことを前提に選んだ。
「ヤマハホールはピアノリサイタルに最適な大きさで、音響も良いです。シューベルトはよく、友人が集うシューベルティアーデという場で演奏していましたが、まさにそんな、親しい人と音楽を分かち合う本来の雰囲気を味わうことができるでしょう。またヤマハのCFXは、すばらしい楽器で私に多くの可能性を提供してくれます。だからこそ逆に、自分の“食欲”を抑制するのが大変です。つまり、楽器が“こんなことも、あんなこともできますよ”とさまざまな色をみせてくるからこそ、どこかで“ありがとう、でも充分です。私にはこれがあればいいんです”と言わなくてはいけない。そうでないと、楽器に甘えて全部使おうとしてしまいます。正しい音色を正しいタイミングで選ぶことは、とても重要です」
それではイーティンがシューベルト、ブラームスそれぞれに求めるのは、どんな音なのだろうか。そしてその音は、どんなふうに生み出すのだろうか。
「シューベルトでは、光を探しています。それも一本のロウソクが放つような、薄暗い光です。ブラームスでは室内楽的な音、管楽器や弦楽器が掛け合いをするときの音を求めています。たとえば、私たちは考えることなく自然に呼吸しているでしょう。ピアノを弾くのも同じこと。自然であるべきだけれど、それは一つの行動でもある。ピアノをどう弾くかは、芸術であり科学なのです。そのため常に楽器を研究し、そこで知ったことを演奏上どう適用するか、考え続けないといけません。そして演奏中は、常に自分の耳に導かれながら、その場で音楽を作っていくことが大切です」
その日その場所、その楽器だからこそ生み出される、イーティンのシューベルトとブラームスに期待しよう。
日時:2023年7月9日(日)14:00開演(13:30開場)
会場:ヤマハホール(東京・銀座)
料金(全席指定):一般チケット5,000円、学生チケット2,000円
曲目:F.シューベルト:楽興の時 D.780 Op.94、ピアノ・ソナタ 第4番 D.537 Op.164 イ短調、J.ブラームス:ピアノ・ソナタ 第3番 Op.5 ヘ短調
詳細はこちら
文/ 高坂はる香
photo/ 宮地たか子
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tagged: ヤマハホール, CFX, イリヤ・イーティン, ピアノリサイタル
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