Web音遊人(みゅーじん)

ジョン・コルトレーン編 vol.7|なぜジャズには“踏み絵”が必要だったのか?

ジョン・コルトレーン編 vol.7|なぜジャズには“踏み絵”が必要だったのか?

ジョン・コルトレーンが、すでに成熟していたジャズのどの点に改良の余地があるのかについて触れているインタヴュー記事(「ダウンビート」誌1960年9月号「コルトレーン・オン・コルトレーン」)が残っている。それによれば、彼がそれまでトライしてきたものは「ほとんどがハーモニックの実験」で、「リズムに関してはもっと融通性がほしい」としている。

ハーモニックの実験に関しては、この時期にマイルス・デイヴィスがモードすなわち旋律を利用して、常態化しつつあったコード進行パターンからの脱却を図っていたが、コルトレーンはそれとは別の方法論を探っていたことになる。常態化しつつあったコード進行パターンを打開しなければならなかったのは、ジャズ自身が常態化しつつあったコード進行パターンを利用して発展したという、自己矛盾的な問題をはらんでいる。

ビバップが、レヴューやミュージカル、映画に用いられた音楽からコード進行パターンだけを抜き出して、そのヴァリエーション(変奏曲)としての奇抜さを競ったことが、この問題の根底にあるわけだ。つまり、コード進行パターンをオリジナル曲から借りてくるためにハーモニーに関しては固定化され、その範囲内でメロディ(あるいはフレーズ)のユニークさを競うゲームになっていたジャズに対して、問題提起がなされていたことになる。

コルトレーンがアルバム『ジャイアント・ステップス』でやろうとした問題提起は、収録された「カウントダウン」という曲に最も凝縮されていると言っていいだろう。

めまぐるしくコードが変わっていくこの曲の構成を詳しくみると、16拍のなかで2拍ずつ6回と4拍のコード・チェンジがワン・セットとなり、次に調が変わって同じパターンが繰り返される。ワン・セットの中身は、短2度、4度、短3度、4度、短3度、4度というコード進行だが、このパターンのなかでメロディをつくるのではなく、セット自体の調を変化(進行)させてメロディ自体の自由度を上げようとした、というところがコルトレーンならではのアイデアと言えるだろう。

もちろん、それまでのポピュラー音楽でも曲の途中で転調が行なわれ、Aメロやサビを彩るのは一般的な技法だったが、コルトレーンはそこへスピードとリズム変化(アクセントの変移)を混ぜ込もうとした点で画期的だった。

具体的には、8分音符に休符を組み合わせてワン・セットとしていくのだけれど、ブレイクの場所を変えて、アクセントの位置がコード進行と重ならないようにしている。これによって、コード進行および転調によるメロディの展開と、8分休符のブレイク位置の変化によるアクセントのズレが重なることになり、予定調和を感じさせないメロディを生み出す可能性を示すことができるようになった。

コルトレーンはこの後、3連符+休符を塗り重ねるようにして、コード感の薄いフレーズでも説得力のあるラインを生み出せる方法論を完成させていく。それは『ア・ラヴ・シュープリーム(至上の愛)』(1964年)で結実するのだけれど、さらに彼はコードやリズムにとらわれない“未知なる法則”を探るべく、新たな実験へと突き進むことになる。

一般にフリー・ジャズは、現代音楽の12音技法や総音列技法と混同されることも多いようだが、少なくともコルトレーンがめざしていた“フリー”は、ポピュラー音楽が備えていたコード進行パターンやリズムを否定するのではなく、そこから新たな発見をしようとしたものであることが、彼の足跡を追うことで見えてくる。

そして、彼のその足跡を(プレイヤーであれリスナーであれ)追うことが、旧弊の象徴である「ジャズの踏み絵」を踏むことになり、次なる可能性を得るための“入口”に進む資格を与えられることになるのだろう。

ジョン・コルトレーンの項は、ひとまず打ち止め。

<了>

ジョン・コルトレーン編vol.6|なぜジャズには“踏み絵”が必要だったのか?
ジョン・コルトレーン編vol.5|なぜジャズには“踏み絵”が必要だったのか?
ジョン・コルトレーン編vol.1~vol.4|なぜジャズには“踏み絵”が必要だったのか?

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

 

特集

今月の音遊人:葉加瀬太郎さん

今月の音遊人

今月の音遊人:葉加瀬太郎さん「音楽は自分にとって《究極のひまつぶし》。それは、この世の中でいちばん面白いことだから」

12424views

ジャズとデュオの新たな関係性を考える

音楽ライターの眼

ジャズとデュオの新たな関係性を考えるvol.6

7762views

クラビノーバ「CSPシリーズ」

楽器探訪 Anothertake

これまでピアノを諦めていた多くの人を救う楽器。楽譜作成・鍵盤ガイド機能が付いた電子ピアノ/クラビノーバ「CSPシリーズ」

22121views

トロンボーン

楽器のあれこれQ&A

初心者なら知っておきたい、トロンボーンの種類や選び方のポイント

13826views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:和洋折衷のユニット竜馬四重奏がアルトヴェノーヴァのレッスンを初体験!

5466views

小見山優子さん

オトノ仕事人

ゲーム音楽は勝ってはいけない、負けてはいけない。大切なのは調和──/ゲームコンポーザーの仕事

1213views

久留米シティプラザ - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

世界的なマエストロが音響を絶賛!久留米の新たな文化発信施設/久留米シティプラザ ザ・グランドホール

19744views

こどもと楽しむMusicナビ

1DAYフェスであなたもオルガン博士に/サントリーホールでオルガンZANMAI!

3346views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

10433views

われら音遊人

われら音遊人:大学時代の仲間と再結成大人が楽しむカントリー・ポップ

4643views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

いまやサクソフォンは趣味となったが、最初は映画音楽だった

6945views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

26229views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:若き天才ドラマー川口千里がエレキギターに挑戦!

11809views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

23057views

音楽ライターの眼

狙った音は決して逃さない、どこまでも洗練されたヴィルトゥオーソ/セドリック・ティベルギアン ピアノ・リサイタル

3874views

金谷かほり

オトノ仕事人

ひとりとして取り残すことなく、誰もが楽しめる世界を創出/演出家の仕事

249views

上海ブラスバンド日本支部

われら音遊人

われら音遊人:上海で生まれた縁が続く大家族のようなブラスバンド

2690views

楽器探訪 Anothertake

奏者の思いどおりに音色が変化する、豊かな表現力を持ったグランドピアノ「C3X espressivo(エスプレッシーヴォ)」

9492views

HAKUJU HALL(白寿ホール)

ホール自慢を聞きましょう

心身ともにリラックスできる贅沢な音楽空間/Hakuju Hall(ハクジュホール)

23487views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

大人の音楽レッスン、わたし、これでも10年つづけています!

7296views

知って得する!木製楽器の お手入れ方法

楽器のあれこれQ&A

木製楽器に起こりやすいトラブルは?保管やお手入れで気を付けること

21916views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

9143views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10461views