今月の音遊人
今月の音遊人:村治佳織さん「自分が出した音によって聴き手の表情が変わったとき、音楽の不思議な力を感じます」
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ジャンルの壁を悠々と越え、縦横無尽に音の交流を続けるジャズピアニスト、山下洋輔さん。テンポも和音進行も自由なフリージャズに身を投じて40年以上のベテランですが、今回のインタビューでは、今も変わらぬ自由で柔軟な精神を垣間みることができました。
一番多く聴いた曲というのは、難しいですね。コンサートで地方に行くと、打ち上げはジャズクラブでやることが多いのですが、その時に必ずかけてもらう曲は、トランペット奏者、マイルス・デイビスの『If I Were A Bell』です。レッド・ガーランド(ピアノ)、ポール・チェンバース(ベース)、フィリー・ジョー・ジョーンズ(ドラムス)という黄金トリオに、サクソフォンのジョン・コルトレーンを加えたクインテット形式の演奏。コルトレーン独特の奇妙なフレージングのソロが終わると、ピアノトリオが「本当はこうなんだ!」と言わんばかりに、正当派のプレイをやる。その感覚がいいんですよね。なぜか、マイルスが話している声も入っていて、臨場感のある作品です。
ジャズクラブやジャズ喫茶は日本中のどの街にもあって、必ずその街の不思議で面白い人たちが集まる。大インテリだったり、英語がペラペラだったり、諸外国に通じていたり、色々な本を読んでいたり。いばっている人や押しつけがましい人もいるけど、それはそれで愉快だった。
『If I Were A Bell』は、『Walkin’』『Cookin’』と並ぶマイルス・デイビスの3部作と呼ばれる『Relaxin’』に収録されている曲。ジャズクラブを経営する人であれば、みんな持っていなきゃならんアルバムです。
子どもの時から常に身近にあるものであって、どんな音でも、音楽でも素直に聴きます。何の先入観もなしに聴けます。嫌いなものはありません。音楽は、それを作りたいと思った人がいるからできあがっているので、そのすべてに存在する理由があると、受け止めています。さらに、どんなジャンルの音楽でも自分が一緒に演奏する立場になる可能性もある。もしも一緒にやれ、と言われたらどうやって演奏しようかな、という気持ちでも聴いていますね。いきなり、尺八とやれと言われたこともありますからね。
音楽は、最初から多彩なのです。人が違い、言葉が違い、国が違う以上、そこですべて特有の音楽ができる。クラシック音楽も、そもそもは西洋の一端で生まれたもので、素晴らしい音楽には違いない。ですが、例えば国立オーケストラがなければいけない、などということが、文明国としての常識や固定観念となってしまったことはどうかと思いますね。音楽はその国の美意識で好き勝手にやっていいのです。
それは、自分ですね。また、自分と一緒に演奏してくれる人です。演奏は“PLAY”ですから、真剣に“遊び”ます。こいつはどこまで遊ぶのだろうと互いに探り合い、そして相手を喜ばすという体験ができればいいですね。遊びというのは深いんですよ。デタラメとか行き当たりばったりじゃない。みんながわかっているある一定の常識の上で、はみだしてもいいということなのです。ジャズのジャムセッションは、知らないヤツが楽器を持って、いきなり入ってきても許すんです。わかっていないヤツだったら、「早く演奏をやめろ」と思うけど、飛び入りしたヤツがうまかったら、これは喜びます。「もっとやれ、もっとやれ」と。
僕の音楽は、耳で聴いただけの曲を楽譜も見ないで弾く「いたずら弾き」から始まりました。近所の子どもにピアノを教えていた母親の指導は「イヤだ」と拒否しました。
音大生時代に、ものすごい技術のある同級生がいましてね。ソナタ集か何かの譜面を見ながら弾いているところを、僕がページを10枚ぐらいめくってやったんですけれど、曲がガラッと変わるのに、何事もなかったようにそのまま譜面通りに弾いてしまいました。何度ページをめくっても瞬間的に譜面通りに弾けるすごいヤツで、とうとう譜面をとりあげたら演奏をやめました。そこで、僕がその後に譜面がない状態で即興演奏をすると「山下、何でそんなことができるんだ?」とビックリしていた。そうか、こいつらと戦うには、自分のやり方でやればいいんだと思った、いい経験でしたね。
山下洋輔〔やました・ようすけ〕
1969年、山下洋輔トリオを結成。フリー・フォームのエネルギッシュな演奏でジャズ界に大きな衝撃を与える。国内外の一流ジャズ・アーティストとはもとより、和太鼓やシンフォニー・オーケストラとの共演など活動の幅を広げる。1988年、山下洋輔ニューヨーク・トリオを結成し、国内のみならず世界各国で演奏活動を展開。1999年芸術選奨文部大臣賞、2003年紫綬褒章、2012年旭日小綬章受賞。国立音楽大学招聘教授。演奏活動のかたわら、多数の著書を持つエッセイストとしても知られる。
山下洋輔オフィシャルサイト http://www.jamrice.co.jp/yosuke/