今月の音遊人
今月の音遊人:西村由紀江さん「誰かに寄り添い、心の救いになる。音楽には“力”があります」
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“失われたコーヒーハウス”での演奏を追体験/鈴木優人&バッハ・コレギウム・ジャパン バッハ:チェンバロ協奏曲全曲録音プロジェクトVol.1
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2018.8.28
tagged: ヤマハホール, バッハ・コレギウム・ジャパン, バッハ, チェンバロ, 鈴木優人
7月28日はバッハの命日。この日、東京・ヤマハホールで、バッハのチェンバロ協奏曲をまとめて聴く機会に恵まれた。演奏は鈴木優人とバッハ・コレギウム・ジャパン。鈴木がチェンバロを独奏しつつ、指揮者としても楽団を引っ張った。
ドイツ中部ライプツィヒにある歴史的建造物ポーランド館には、バロックザールという広間がある。3階分の高い天井、300人ほどが着席できるスペース、部屋を彩る装飾の数々。19世紀の中頃に設(しつら)えられた建築ながら、バロック時代の香りを濃厚に漂わせる。現在は演奏会場としても使われる。
バッハはかつてライプツィヒの街で、大学生の楽団コレギウム・ムジクムの指導者をしていた。本業は教会と都市の音楽監督だが、この楽団での活動にも力を注いだ。夏はツィンマーマンのコーヒー庭園、冬は同氏経営のコーヒーハウスが彼らの演奏拠点だった。ポーランド館のバロックザールは、失われたコーヒーハウスを思わせる空間だ。ヤマハホールは、このバロックザールとよく似た大きさと音響とを持っている。
バッハは一連のチェンバロ協奏曲を、コレギウム・ムジクムの演奏会用に書いたという。だから、バッハの命日に、バロックザールによく似たヤマハホールで、彼のチェンバロ協奏曲をまとめて聴くというのは、なかなか趣深い催しだと言ってよい。
前半に1台のチェンバロのための協奏曲を3曲、後半にフルート、ヴァイオリンとチェンバロのための協奏曲など2曲を置く。聴きものだったのは3曲目の、第8番ニ短調BWV1059Rだ。バッハはこの作品を最初の9小節までしか残さなかった。ただバッハは、同じ曲をカンタータ第35番のシンフォニアとして使っているので、それをもとに協奏曲の復元が可能だ。鈴木はこのシンフォニア、同カンタータの第2曲、第5曲を下敷きに、全3楽章を再構成した。
オーボエ(三宮正満)と通奏低音陣(チェロ・山本徹、ヴィオローネ・西澤誠治)とが、引き締まった演奏でこの復元作品の魅力を引き出した。息の勢いの推移と、息の形の移ろいとが目に見えるようなオーボエに驚かされる。それらの変化はつねに、音楽の緊張感の移り変わりに寄り添っている。
通奏低音陣は音の出端(ではな)の多様な雑音成分を駆使し、そこに多彩な音色変化を加えて、場面場面の情緒を丁寧に描き出す。弓の上下運動の力加減の差を、拍節感に結びつけるので、丁寧であっても作品の推進力は削がれない。
優秀なオーボエと通奏低音とを上下に置いたためか、チェンバロと弦楽陣は、安心してその仕事に打ち込めたようだ。その安心が、安定感とともに、とりわけチェンバロ独奏のいっそうの自由さにもつながっていたら、バッハの楽団に負けない演奏になったかもしれない。
とはいえそれは、贅沢な悩み。さまざまなチェンバロ協奏曲に彩られたこの日の演奏会で、多くの聴き手がコーヒーハウスのライブを追体験できたことだろう。
澤谷夏樹〔さわたに・なつき〕
慶應義塾大学大学院文学研究科哲学専攻修士課程修了。2003年より音楽評論活動を開始。2007年度柴田南雄音楽評論賞奨励賞受賞。2011年度柴田南雄音楽評論賞本賞受賞。著書に『バッハ大解剖!』(監修・著)、『バッハおもしろ雑学事典』(共著)、『「バッハの素顔」展』(共著)。日本音楽学会会員、 国際ジャーナリスト連盟(IFJ)会員。
文/ 澤谷夏樹
photo/ Ayumi Kakamu
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