Web音遊人(みゅーじん)

生誕250年のメモリアルイヤーに、ベートーヴェンの《第9》を改めて聴き直したい

ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」というと、最後の合唱の部分だけを思い浮かべる人が圧倒的に多いと思うが、実はここにいたるまでのプロセスがとても大切である。
「歓喜の歌」は絶望や悲劇との戦いの後に到達した世界。

今回はベートーヴェン生誕250年のメモリアルイヤーに、改めてこの不朽の名作の曲目解説をしながら、全楽章の内容を見ていきたい。これを通し、交響曲第9番の全体を理解し、人生の縮図を作品全体から読み取っていただければ幸いである。そしてライヴにぜひ耳を傾けてほしい。きっと深い感動が胸に押し寄せ、ベートーヴェンの真意が伝わってくると思うからだ。

コンサートに足を運ぶ前にまず録音を聴きたいと思う人には、聴きごたえのある新譜をチョイス。鈴木雅明指揮バッハ・コレギウム・ジャパンが2019年1月24日に東京オペラシティコンサートホールで行ったライヴ収録で、緊迫感あふれるなかにピュアで精緻で、魂が浄化するような趣を醸し出している演奏。歌手陣も充実し、「第9」の神髄に迫っている。バッハ・コレギウム・ジャパンは、オリジナル楽器のスペシャリストを擁し、1990年に結成され、国内外で活発な活動を展開している。

それでは全4楽章の内容を見ていきたいと思う。まず、第1楽章は広大な宇宙を思わせる神秘的な力強い旋律が、壮大な交響曲の開始を告げる。これは人生の苦悩や悲しみ、希望やなぐさめなどあらゆる感情が表現されている楽章である。ベートーヴェンは自分の生涯を回顧し、人生を戦いにたとえたのではないだろうか。劇的で強いメッセージをもつ、幕開けにふさわしい音楽となっている。

第2楽章は弦の鋭角的な響きが全体に躍動感を与えている。また、ティンパニの小気味よいリズムも印象的だ。これは初演時に大きな喝采をもって迎えられた楽章。衝撃的なティンパニの独奏は、当時の人々を驚嘆させ、アンコールの拍手が鳴りやまなかった。魂が浄化するような美と諧謔かいぎゃくの精神が感じられる。

第3楽章は美しい緩徐楽章で、神への感謝を表すような深い祈りの気持ちが表現されている。やすらかな主題の変奏にはさまれた中間部が特に美しい。終わり近くのホルンの長いソロは、この時代としては画期的な使用法だった。歓喜を前にしたやすらぎを感じさせ、きたるべき何物かに心の準備を促すようだ。

バーデンのラートハウスガッセとベートーヴェンガッセが交わる位置に建つ「第9交響曲の家」(写真は改装中、現在は修復完成済み)

第4楽章はブレスト(きわめて速く)のファンファーレから始まる。苦難の人生を振り返る前楽章の主題の回想からスタートし、有名な主題が静かに現れる。そしてバリトンによって「おお、友よ、もっと喜びにあふれた調べをうたおう」と明るく力強くうたわれる。この部分はベートーヴェン自身による歌詞であり、次いでシラーの詩がおごそかに登場する。ベートーヴェンはこの詩のなかで特に「人々はみな兄弟となる」という箇所に共鳴したといわれる。ベートーヴェンはここで人類の理想、平和と喜びをうたい上げたかったに違いない。これは交響曲第5番「運命」にも共通する精神で、苦悩に立ち向かう人間が最終的に見出す本来の喜びを音によって表現している。

※最初の写真は、ベートーヴェンが「第9」を書いたウィーン近郊の温泉保養地バーデン(高台からの遠景)。

■アルバムインフォメーション

『ベートーヴェン:交響曲第9番 ニ短調 Op.125《合唱付き》』
演奏:鈴木雅明指揮バッハ・コレギウム・ジャパン
アン= ヘレン・モーエン(ソプラノ)、マリアンネ・ベアーテ・キーラント(アルト)、アラン・クレイトン(テノール)、ニール・デイヴィス(バス)
発売元:キングインターナショナル
発売日:発売中
料金:3,000円(税抜)
詳細はこちら

伊熊 よし子〔いくま・よしこ〕
音楽ジャーナリスト、音楽評論家。東京音楽大学卒業。レコード会社、ピアノ専門誌「ショパン」編集長を経て、フリーに。クラシック音楽をより幅広い人々に聴いてほしいとの考えから、音楽専門誌だけでなく、新聞、一般誌、情報誌、WEBなどにも記事を執筆。著書に「クラシック貴人変人」(エー・ジー出版)、「ヴェンゲーロフの奇跡 百年にひとりのヴァイオリニスト」(共同通信社)、「ショパンに愛されたピアニスト ダン・タイ・ソン物語」(ヤマハミュージックメディア)、「魂のチェリスト ミッシャ・マイスキー《わが真実》」(小学館)、「イラストオペラブック トゥーランドット」(ショパン)、「北欧の音の詩人 グリーグを愛す」(ショパン)など。2010年のショパン生誕200年を記念し、2月に「図説 ショパン」(河出書房新社)を出版。近著「伊熊よし子のおいしい音楽案内 パリに魅せられ、グラナダに酔う」(PHP新書 電子書籍有り)、「リトル・ピアニスト 牛田智大」(扶桑社)、「クラシックはおいしい アーティスト・レシピ」(芸術新聞社)、「たどりつく力 フジコ・ヘミング」(幻冬舎)。共著多数。
伊熊よし子の ークラシックはおいしいー

特集

宮本笑里

今月の音遊人

今月の音遊人:宮本笑里さん「あの一音目を聴いただけで、救われた気持ちになりました」

9620views

音楽ライターの眼

連載1[ジャズ事始め]ジャズの生い立ちには“文化”を知る手がかりが秘められている

7494views

YEV104PRO/YEV105PRO

楽器探訪 Anothertake

音色と響きを磨き上げたステージ仕様の上位モデル、 エレクトリックバイオリン「YEV104PRO/YEV105PRO」

764views

日ごろからできるピアノのお手入れ

楽器のあれこれQ&A

日ごろからできるピアノのお手入れ

66249views

ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

13709views

オトノ仕事人 ボイストレーナー

オトノ仕事人

歌うときは、体全部が楽器となるように/ボイストレーナーの仕事(前編)

25883views

サラマンカホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

まるでヨーロッパの教会にいるような雰囲気に包まれるクラシック音楽専用ホール/サラマンカホール

21837views

こどもと楽しむMusicナビ

親子で参加!“アートで話そう”をテーマにしたオーケストラコンサート&ワークショップ/第16回 子どもたちと芸術家の出あう街

5680views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

歴史的価値の高い鍵盤楽器が並ぶ「民音音楽博物館」

24816views

ONLYesterday

われら音遊人

われら音遊人:愛するカーペンターズをプレイヤーとして再現

1075views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

いまやサクソフォンは趣味となったが、最初は映画音楽だった

6945views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

31109views

大人の楽器練習機

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:世界的ピアニスト上原彩子がチェロ1日体験レッスン

17699views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

世界中の珍しい楽器が一堂に集まった「浜松市楽器博物館」

31812views

音楽ライターの眼

連載15[ジャズ事始め]上海=“ジャズの都”のイメージを決定的にした背景には2人の歌姫の存在があった

4943views

オトノ仕事人

新たな音を生み出して音で空間を表現する/サウンド・スペース・コンポーザーの仕事

7485views

われら音遊人

われら音遊人:みんなの灯をひとつに集め、大きく照らす

5914views

楽器探訪 Anothertake

世界の一流奏者が愛用するトランペット「Xeno Artist Model」がモデルチェンジ

26699views

ホール自慢を聞きましょう

ウィーンの品格と本格派の音楽を堪能できる大阪の極上空間/いずみホール

7160views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

クラス分けもまた楽しみ、レッスン通いスタート

4981views

楽器のあれこれQ&A リコーダー

楽器のあれこれQ&A

リコーダーを長く楽しむためのお手入れ方法

9980views

ズーラシアン・フィル・ハーモニー

こどもと楽しむMusicナビ

スーパープレイヤーの動物たちが繰り広げるステージに親子で夢中!/ズーラシアンブラス

14521views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10463views