Web音遊人(みゅーじん)

連載18[ジャズ事始め]商品価値が薄れたからジャズは国ごとにカスタマイズできるようになった!?

前稿で、20世紀初頭の上海ではアメリカから輸入されたジャズというスタイルが大流行したけれど、上海オリジナルといえるジャズを生み出すには至らなかった、という論考を提示した。

その背景には、アメリカのジャズを(なるべくそう聞こえるように)演奏できることが商業的成功につながっていたこと、“自己表現”の手段としてジャズが用いられる機運がまだ高まっていなかったこと、などがあると考えた。

要するに、アメリカで流行っているジャズという音楽を器用に真似ることができれば一攫千金も夢じゃなかったから、余計なことは考える必要がなかった──ということになるだろうか。

こうした傾向は、ジャズを生んだアメリカで、ジャズ自体の価値が薄れるまで続くことになる。

1960年代の終わりを境に、それまで隆盛を誇っていたジャズというブランドが、突然、効力を失ってしまった。

1960年代は、ジャズにとってジャンルに“モダン”という称号を冠されるほど世界から認められた充実期である一方、形骸化への反発から“なんでもあり”ともいうべきさまざまな方法論の取り込みが起き、結果的にサブジャンルを乱立させることになる。

すでに触れたように、ジャズに民族主義的な作風が台頭してきたのもこの時期。つまりは、アメリカ至上主義が崩れてジャズのニーズの軸が“自己表現”に移っていったことを、国ごとにカスタマイズされたジャズのシェアの拡大が物語っていると考えたわけだ。

日本ではこの時期にどんなことが起きていたかというと、1953年(昭和28年)に13日間というロング公演で10万人を動員した「世界最大のジャズ・ショー」が開催されるなど、戦後日本のジャズ・ブームのピークを迎えたものの、翌年末には早くも下火となり、ウエスタン・ミュージックに取って代わられてしまう。

これは、日本のジャズ・ブームに乗ってアメリカから“本場の”ミュージシャンが来日するようになったことが原因のひとつだと考えられる。どんなに上手にアメリカのジャズ・ミュージシャンっぽく演奏できたとしても、ホンモノが来てしまえば影が薄くなってしまうのは当然だろう。

こうした状況のなか、穐吉敏子、渡辺貞夫、佐藤允彦といった“新しい日本のジャズ”を担う人材が渡米する。

この人たちの動向は“アメリカのジャズ”を輸入することだけではなかったところから、日本独自のジャズが生まれることになったのではないかと考えるのだけれど、次回はこの3人の業績に絞って1970年代の日本のジャズを総括し、視点をアジアへと戻していきたい。

「ジャズ事始め」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:宇崎竜童さん「ライブで演奏しているとき、もうひとりの宇崎竜童がとなりでダメ出しをするんです」

9646views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#000 “100年の歴史”をジャズの録音音源で再考するシリーズ序章

1590views

楽器探訪 Anothertake

奏者の思いどおりに音色が変化する、豊かな表現力を持ったグランドピアノ「C3X espressivo(エスプレッシーヴォ)」

8631views

これからアコースティックギターを始める際のギターの選び方や準備について

楽器のあれこれQ&A

これからアコースティックギターを始める際のギターの選び方や準備について

16913views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:若き天才ドラマー川口千里がエレキギターに挑戦!

10885views

弦楽器の調整や修理をする職人インタビュー(前編)

オトノ仕事人

弦楽器の“健康診断”から“治療”、健康アドバイスまで/弦楽器の調整や修理をする職人(前編)

14271views

札幌コンサートホールKitara - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

あたたかみのあるデザインと音響を両立した、北海道を代表する音楽の殿堂/札幌コンサートホールKitara 大ホール

17389views

こどもと楽しむMusicナビ

“アートなイキモノ”に触れるオーケストラ・コンサート&ワークショップ/子どもたちと芸術家の出あう街

6680views

ギター文化館

楽器博物館探訪

19世紀スペインの至宝級ギターを所蔵する「ギター文化館」

14460views

if~

われら音遊人

われら音遊人:まだまだ現在進行形!多くの人に曲を届けたい

929views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

もしもあのとき、バイオリンを習っていたら

5472views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

29119views

桑原あい

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目の若きジャズピアニスト桑原あいがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

15058views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

22005views

音楽ライターの眼

メトロポリタン歌劇場の130年のドラマを詳細に描き出した著作が登場

2506views

誰でも自由に叩けて、皆と一緒に楽しめるのがドラムサークルの良さ/ドラムサークルファシリテーターの仕事(後編)

オトノ仕事人

リズムに乗せ人々を笑顔に導く/ドラムサークルファシリテーターの仕事(後編)

6670views

横浜レンタル倉庫(YRS)

われら音遊人

われら音遊人:目指すはフェス! 楽しみ、楽しませ、さらなる高みへ

553views

アコースティックギター「FG9」

楽器探訪 Anothertake

力強さと明瞭さが拓くアコースティックギターの新たな可能性

2142views

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

ホール自慢を聞きましょう

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

8619views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.3

パイドパイパー・ダイアリー

人生の最大の謎について、わたしも教室で考えた

5066views

トロンボーン

楽器のあれこれQ&A

初心者なら知っておきたい、トロンボーンの種類や選び方のポイント

12924views

こどもと楽しむMusicナビ

親子で参加!“アートで話そう”をテーマにしたオーケストラコンサート&ワークショップ/第16回 子どもたちと芸術家の出あう街

5216views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

29119views