Web音遊人(みゅーじん)

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#007 ジャズの流れを変える予兆を秘めたホットなのにクールなライヴ盤~ウェス・モンゴメリー『フル・ハウス』編

ウェス・モンゴメリーと言えば、オクターヴ奏法を駆使した疾走感あふれる演奏でハード・バップ・シーンをもり立てた一方で、ポップスのカヴァーをストリングス・オーケストラ伴奏で演奏するスタイルを打ち出して一世を風靡したヒット・メイカーとしても知られるギタリストの“巨人”。

本作は、1962年6月にカリフォルニア州バークレーの“ツボ”というジャズ・クラブで行なわれたウェス・モンゴメリー・クインテットのステージを収めたライヴ盤です。


参考動画:ウェス・モンゴメリー『フル・ハウス(Live)』

アルバム概要

日本ではフルアコと呼ばれるエレキギター(海外ではアーチ・トップ・ギターと呼ばれ、ボディに空洞がありピックアップ・マイクを搭載しているタイプのギター)とテナー・サックス、アコースティック・ピアノとアコースティック・ベースにドラムスというクインテット(五重奏)の編成。

舞台となった“ツボ”は、1961年9月に開設されたライヴ・スペースのあるコーヒー・ハウスで、地域FM局も併設され、この地域の文化発信基地のような役割を果たしていたようです。

当時のニューヨークでは、ミュージシャンがクラブとして行政に登録されている店舗に出演する際の規制が厳しかったことから、比較的規制が緩かった西海岸へ赴いて演奏旅行を実施したようで、現地の音楽ファンもこれを喜んで受け入れていたというエピソードが、ミュージシャンの伝記などにたびたび記されています。

そうした自由な空気のなかでの溌溂(はつらつ)とした演奏と、心待ちにしていた観客の期待感との相乗効果がそのままパッケージされているところも、本作が高い人気を誇る理由のひとつでしょう。

ちなみに、タイトル・チューンの『フル・ハウス』とは、“会場が満員”であることを意味しています。

“名盤”の理由

リズム・セクションのウィントン・ケリー(ピアノ)、ポール・チェンバース(ベース)、ジミー・コブ(ドラムス)は、マイルス・デイヴィスのバンドにも参加していた名手たち。

特にウィントン・ケリーは、当代随一の伴奏者としても知れ渡っていた存在で、フロント楽器の2人をガッチリとサポートしています。その安定感があってこその疾走感が、ギター・ファンだけでなく広くジャズ・ファンを魅了し続けるポイントになっているのだと思います。

いま聴くべきポイント

さて、あまねくファンに支持される、というようなメジャーな評価に異を唱える向きも世の中にはいるもので、特にジャズを好んで聴こうという輩には多いように感じます。

なにを隠そう、このボクも最初はそのひとりで、“ジャズを代表するギタリストの代表作だから必聴”というような専門誌の惹句に反発して、あえて避けていた時期もあったりしました。

しかし、このアルバムに未練が残っていたのは、テナー・サックスのジョニー・グリフィンが参加していたから。

“リトル・ジャイアント”と呼ばれ、走り出したら止まらないようなソロを繰り広げてくれる彼の演奏を求め、天邪鬼の屁理屈を曲げて手に取ったのが本作でした。

そのジョニー・グリフィンのソロも、ほかの作品では冗長と感じることがあったりしたのですが、本作ではライヴにもかかわらずバランスがすばらしいんですね。

バランスと言えば、キメの部分でのウェス・モンゴメリーとのユニゾンも、美しくて効果的です。

要所要所でユニゾンによるメロディ・ラインをシッカリと表現することは、アドリブを追いかけるあまりに曲から意識が離れていた演奏者自身はもちろん、聴き手の耳も曲の世界観へと引き戻す効果があります。

1950年代以降、ビバップを軸に展開して発展したジャズはアドリブ合戦の様相を呈し、特にハード・バップではそのジレンマをどう解消するかが課題でもありました。

ウェス・モンゴメリーは、ユニゾンを使ってアンサンブルを意識させることで、曲をアドリブのためだけに存在させるのではなく、曲という秩序のなかでジャズの美学を表現できる道を探ろうとしていたのではないか──。

こうした意識があったからこそ、この数年後に“ポップスのカヴァーをストリングス・オーケストラ伴奏で演奏するスタイル”を見事に完成させ、ジャズの裾野を広げる役割を果たすことにつながったわけで、その意味でも“ジャズの流れを変える予兆”を記録した“名盤”であると言えるでしょう。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

facebook

twitter

特集

今月の音遊人:新妻聖子さん「セリーヌ・ディオンの歌声を聴いたとき、私がなりたいのはこれだ!と確信しました」

今月の音遊人

今月の音遊人:新妻聖子さん「あの歌声を聴いたとき、私がなりたいのはこれだ!と確信しました」

23032views

ザ・ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス

音楽ライターの眼

ザ・ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス『ライヴ・アット・ザ・LAフォーラム』が予感させる旅路の終わり

2456views

クラビノーバ「CSPシリーズ」

楽器探訪 Anothertake

これまでピアノを諦めていた多くの人を救う楽器。楽譜作成・鍵盤ガイド機能が付いた電子ピアノ/クラビノーバ「CSPシリーズ」

24396views

ピアノの地震対策

楽器のあれこれQ&A

いざという時のために!ピアノの地震対策は大丈夫ですか?

52322views

おとなの楽器練習記

【動画公開中】注目の若手ピアニスト小林愛実がチェロのレッスンに挑戦!

11810views

NHKのど自慢

オトノ仕事人

歌とともにその土地の風土と新鮮な人間ドラマを伝える「NHKのど自慢」/長寿の歌番組をつくる仕事

4162views

アクトシティ浜松 中ホール

ホール自慢を聞きましょう

生活の中に音楽がある町、浜松市民の音楽拠点となる音楽ホール/アクトシティ浜松 中ホール

17794views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

12726views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

11958views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:バンドサークルのような活動スタイルだから、初心者も経験者も、皆がライブハウスのステージに立てる!

9540views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

クラス分けもまた楽しみ、レッスン通いスタート

5698views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

12323views

大人の楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

22087views

上野学園大学 楽器展示室」- Web音遊人

楽器博物館探訪

伝統を引き継ぐだけでなく、今も進化し続ける古楽器の世界

15278views

音楽ライターの眼

和やかさの中に感じる、ジャズアンサンブルの原点/珠玉のリサイタル&室内楽 中川英二郎×エリック・ミヤシロ×川口千里 Special Jazz Night

2872views

小林洋平

オトノ仕事人

感情や事象を音楽で描写し、映画の世界へと観る人を引き込む/フィルムコンポーザーの仕事

6104views

われら音遊人

われら音遊人:オリジナルは30曲以上 大人に向けて奏でるフォークロックバンド

5838views

楽器探訪 Anothertake

存在感がありながら他の楽器となじむシンフォニックなサウンドが光る、Xeno(ゼノ)トロンボーンの最上位モデル

7613views

サラマンカホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

まるでヨーロッパの教会にいるような雰囲気に包まれるクラシック音楽専用ホール/サラマンカホール

26837views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

音楽知識ゼロ&50代半ばからスタートしたサクソフォンのレッスン

9391views

SE ArtistModel

楽器のあれこれQ&A

クラリネット入門!始める前に知りたい5つの基本

1093views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

8343views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

35864views