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【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#064 ジャズが抱える社会的スティグマを超えた“自由”の雄叫び~エリック・ドルフィー『ラスト・デイト』編

『アット・ザ・ファイヴ・スポット VOL.1』(#023)で「ジャズ界の彗星」と紹介したエリック・ドルフィーの、“最期の軌跡”を記録した作品です。

1964年、35歳になっていたエリック・ドルフィーは、ブルーノート・レコードとの契約によるレコーディング(『アウト・トゥ・ランチ』)や、アンドリュー・ヒルのアルバム『ポイント・オブ・デパーチャー』への参加など自身を軸とした活動のほか、1960年代に入って彼の存在を知らしめることになったチャールズ・ミンガスのセクステットに再び参加するなど、多忙な日々を過ごしていました。

この年のチャールズ・ミンガス・セクステットは、米ニューヨークのクラブ“ファイヴ・スポット”、コーネル大学構内、タウンホールでコンサートを行なったあと、短いツアーのためにヨーロッパへ赴きます。その際エリック・ドルフィーは、ツアーを終えてもアメリカへ戻らず、ヨーロッパにとどまって新たな音楽の可能性を模索するつもりであることを、リーダーのチャールズ・ミンガスに伝えていました。

1960年代当時、アメリカにおける人種差別やジャズ・マーケットの縮小などの影響で、ジャズ・ミュージシャンがヨーロッパに拠点を移すという事例が多く見られています。エリック・ドルフィーもこうしたアメリカの状況を憂慮し、彼が志向する“より形式に縛られることのない演奏”を受け入れる土壌のあるヨーロッパへの移住を決意したようです。

そうした背景によって生まれた本作を、改めてひもといてみましょう。


Epistrophy

アルバム概要

1964年6月1日にオランダのヒルヴェルサムの録音スタジオで収録された、ライヴ・レコーディング・スタイルによる作品です。

オリジナルはA面3曲B面3曲のLP盤(モノラルとステレオのヴァージョンあり)でリリースされ、同曲数同曲順でCD化されています。

メンバーは、バス・クラリネット/アルト・サックス/フルートがエリック・ドルフィー、ピアノがミシャ・メンゲルベルク、ベースがジャック・ショールス、ドラムスがハン・ベニンク。エリック・ドルフィー以外はオランダで活動していたミュージシャン(ミシャ・メンゲルベルクのみ出身はウクライナ)です。

収録曲は、エリック・ドルフィーのオリジナルが3曲、セロニアス・モンク作が1曲、ミシャ・メンゲルベルクのオリジナルが1曲、もう1曲はジャズ・スタンダードという構成になっています。

“名盤”の理由

チャールズ・ミンガスのバンドにおいては重要な役割を担い、ジョン・コルトレーンとは楽友として語り合いながら双頭バンドを結成、ブッカー・リトルとの双頭バンドでは2管フロントのハード・バップの概念を打ち破り、ジョージ・ラッセルやオリバー・ネルソン、オーネット・コールマンといった1950年代から60年代にかけてのジャズを変革していったリーダーたちからラヴ・コールを送られていたのが、エリック・ドルフィーという音楽家でした。

その彼が拠点を移した地で、名刺代わりのような1枚を作ろうと、自らがやりたいことの手始めとして取り組んだものが、本作だったといえるでしょう。

そして、その録音からひと月も経たずに病気によって天国へ召されてしまったという事実もまた、本作に大きな価値をもたらしているのは間違いありません。

収録された6曲は、彼が担当する3つの楽器の特性をいかんなく発揮するソロ演奏がたっぷりと盛り込まれているだけでなく、オランダ組ピアノ・トリオのメンバーとのインタープレイも充実しています。

ビバップのメソッドに沿いながらも激しい音程差や多彩な音色を駆使した表現方法によって「ジャズの自由度を高めた」と評され(従来のジャズ・ファンからは異端と嘲られ)た“孤高の天才”の、通過点ながらも集大成的な内容であることが、本作を“名作”としてきたのだと思います。

いま聴くべきポイント

ミシャ・メンゲルベルクは、オランダのデン・ハーグ王立音楽院在学中に国内の音楽賞を受賞したりジャズ・フェスティヴァルのコンペで優勝したりするなど頭角を現わしていました。音楽院を卒業する28歳のときに舞い込んだのが本作のオファーで、これが彼の最初のレコーディングとなります。

セロニアス・モンクやデューク・エリントン、そしてジョン・ケージらから影響を受けていたとされるミシャ・メンゲルベルクのピアノを本作で味わってみると、なるほど冒頭の『エピストロフィー』(セロニアス・モンクのオリジナル)でのプレイはセロニアス・モンク本人のプレイを彷彿とさせ、敬意にあふれていることが感じられるとともに、この収録がアメリカではない場所で行なわれていることを忘れてしまいそうになります。

このことをマクロ的に解釈してみると、アメリカにおけるアフリカン・アメリカンの民俗音楽だったジャズがビバップを基調に音楽理論的な発展を遂げることにより、国境を越えた“ジャズの会話”が可能になっていたことを示す証拠と捉えていいのではないでしょうか。

アメリカ国内のジャズが、人種差別などの社会問題と連動して“ルーツ・ミュージック”的な意味合いを色濃くさせていった1960年代初頭、エリック・ドルフィーがヨーロッパへの移住という道を選択したのは、ジャズをアイデンティティにしようとしたアフリカン・アメリカンたちが抱える“しがらみ(=社会的スティグマ)”から“自由”になるためだったのではないかと考え直すことで、本作はエリック・ドルフィーの“最期の軌跡”というだけではなく、ジャズを解放するための“始まり”になりえるのではないか──と思うのです。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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