今月の音遊人
今月の音遊人:五嶋みどりさん「私にとって音楽とは、常に真摯に向き合うものです」
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コンサートの主役である一人のマリンビストと、7人の音楽家(5人のマリンビストと2人のパーカッショニスト)がステージに登場して1曲目の「わらべ歌リフレクションズⅢ」(安倍圭子作曲)が始まると、東京文化会館大ホールの広大な空間に豊かな木の音と、独特の緊張感が広がっていく。
世界におけるマリンバ・シーンをリードし、常に新しい世界を切り開いてきた安倍圭子の傘寿(さんじゅ)を祝うコンサートが、多くの門下生を交えて開催された。プログラムは安倍自身の作品を中心に、彼女の名前と圧倒的なパフォーマンスを世界へ知らしめた「マリンバ・スピリチュアル」(三木稔作曲、安倍自身の編曲によって江戸のテイストや祭りの喧噪を感じさせるスペシャル・バージョン)を加えた6曲。曲によって編成は異なるものの、ステージに常に複数のマリンバが並んでいる様子は壮観である。その中心にあるのが、安倍の注力によって開発されたヤマハのコンサート・マリンバ「YM-6100」であることは言うまでもない。
安倍自身の作品は当然ながら、マリンバの限りない可能性を引き出すために書かれているものだが、弾むようなリズムや日本的な気合いの作法を連想させるアタック、余韻、そして間(ま)といったすべての音に確固たる意味が感じられ、音やフレーズのひとつひとつに「歌」「言葉」のようなものを探してしまう。絶妙なニュアンスを大事にしながら演奏する音楽家たちの力量もあるのだろうが、その背景にあるのはマリンバという楽器への深い愛情であり、この素晴らしさを伝えたいと願う安倍自身の心意気なのかもしれない。「ザ・セレクション オブ マイ メモリーズ」という曲では、かつて安倍が演奏して命を吹き込んだNHKのテレビ番組『きょうの料理』のテーマ音楽や中南米の開放的な音楽も聞こえてきて、客席には温かいざわめきが広がった。
コンサートの後半は指揮者の井上道義ほか、賛助出演のベテラン演奏家などを交えて2つの協奏作品を。2台のマリンバと弦楽合奏のための「山をわたる風の詩」では、えも言われぬ音の芳香がホール内に立ちこめ、魅惑的な音の変容と力強いリズムから生まれる振動が、聴き手を幻惑していく。さらに日本初演となった3台のマリンバとオーケストラのための「ザ・ウェーブ インプレッションズ」では、大地から生まれるパワーが楽器というメディアを通して拡散され、気がつくとその音楽の前にひれ伏しているような心持ちになっていた。それは、かつて安倍が世界初演した協奏作品「ラウダ・コンチェルタータ」(伊福部昭作曲)の、心地よいバーバリズムにも似た感触だったのだ。
安倍自身の演奏はもちろん、その薫陶を受けた門下生たちによる演奏もお見事。これほどまでにこの楽器を堪能し、熱い気持ちになったコンサートも稀だろう。この伝統がどう受け継がれていくのか、期待が高まる一夜となった。
オヤマダアツシ〔おやまだ・あつし〕
音楽ライター。広告コピーライター、編集者などを経て音楽ライターに。『音遊人』『CDジャーナル』『モーストリー・クラシック』ほか音楽情報誌で、インタビュー記事などを執筆。またオーケストラの定期演奏会や各種の演奏会などでは数多くの曲目解説を、CDのブックレットにも作曲家や曲の紹介文などを執筆している。著書に『ロシア音楽はじめてブック』(アルテスパブリッシング刊)など。
文/ オヤマダアツシ
photo/ 重本昌信
tagged: マリンバ、安倍圭子、YM-6100
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