Web音遊人(みゅーじん)

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#019 編集を加えてまでアドリブ至上主義に抗ったオリジネーターの矜持~セロニアス・モンク『ブリリアント・コーナーズ』編

セロニアス・モンクも#008『セロニアス・ヒムセルフ』に続いて2度目の登場。

2021年に日本で公開された映画『ジャズ・ロフト』は、1950年代のニューヨーク・マンハッタンのロフト・アパートメント(倉庫などに使用された建物を改造した集合住宅)で記録された写真と音源をもとに構成されたドキュメンタリーでした。

このロフトには夜な夜なジャズ・ミュージシャンたちが集まり、セッションが繰り広げられていました。その中心的存在としてクローズアップされていたのが、当時のジャズシーンで最も注目を集めていたと言っても過言ではないセロニアス・モンクだったのです。

映画に使用された写真を撮り音源を残していたのは、著名な写真家のユージン・スミス。舞台となったロフトも彼が住んでいたもの。

ユージン・スミスは、第二次世界大戦下に従軍記者としてサイパン、沖縄、硫黄島といった“最前線”に派遣されて活動するも、日本軍の砲弾で負傷し、療養を余儀なくされます。

これを転機に写真と文章を組み合わせたフォト・エッセイに取り組むようになり、1957年にマンハッタンに移り住んで始めたのが、前述のジャズ・ミュージシャンたちの撮影と、彼らの演奏の録音でした。

ちなみに彼は1971年に来日し、熊本・水俣を訪れたことをきっかけに3年にわたる撮影を行ない、水俣病をテーマにした写真集『MINAMATA』を出版します。

話を『ジャズ・ロフト』に戻すと──。

その映画に記録されたロフトという場所は、儲からないビバップ系ジャズに理解のあるユージン・スミスがミュージシャンたちに与えた“演奏の場”というよりも、社会問題に関心の強い彼が興味を抱いていたジャズ・ミュージシャンたちを集めるために用意した撮影・録音スタジオだったと考えるほうが腑に落ちます。

そして、その彼の目に最も輝いて映っていたと思われるのがセロニアス・モンクであり、ロフトが開設された1957年はまさに、『ブリリアント・コーナーズ』がリリースされた年でした。

という前説をしてから、この“名盤”に取り組み直すことにしましょう。


Brilliant Corners by Thelonious Monk from 'Brilliant Corners'
ブリリアント・コーナーズ/セロニアス・モンク

アルバム概要

セロニアス・モンクがリバーサイド・レコードで制作した3枚目のアルバムです。

LP盤でA面に2曲、B面に3曲の合計5曲を収録。

『バルー・ボリヴァー・バルーズ・アー』と『パノニカ』は、セロニアス・モンク(ピアノとチェレスタ)、アーニー・ヘンリー(アルト・サックス)、ソニー・ロリンズ(テナー・サックス)、オスカー・ペティフォード(ベース)、マックス・ローチ(ドラムス)という顔ぶれで1956年10月9日に収録。

10月15日には同メンバーでタイトル・チューンの『ブリリアント・コーナーズ』に取りかかるも、20数テイクを費やしてもまとまらなかったため、プロデューサーのオリン・キープニュースがいくつかのテイクをつなぎ合わせて1曲にしています。

聴いてみると確かに不自然な箇所がいくつかあり、変則的な7小節のサイクルと目まぐるしく変わるテンポの難曲に参加ミュージシャンたちが四苦八苦したからと言われるとうなずけるのですが、この曲があればこそ本作は“名盤”と呼ばれ、作曲家としてのセロニアス・モンクの名を不滅のものにした、というわけですから、皮肉ですね。

残り2曲は12月7日に日を改めて収録。『ベムシャ・スウィング』はアーニー・ヘンリーとオスカー・ペティフォードが抜け、クラーク・テリー(トランペット)とポール・チェンバース(ベース)が参加していて、マックス・ローチのティンパニが印象的な仕上がりになっています。『アイ・サレンダー、ディア』はセロニアス・モンクのピアノソロです。

“名盤”の理由

「タイトル・チューンでオーケー・テイクが録れなかった」というエピソードは、100%信じられるものではないと、個人的には思っていたりします。

この曲でセロニアス・モンクを納得させられなかった(と言われていて、12月のレコーディングには姿を見せなかった)アーニー・ヘンリーとオスカー・ペティフォードが、いずれも超一流のテクニックを有するジャズ・ミュージシャンであることは、ほかの作品でも証明されていますし、そもそも使えそうな部分を継ぎはぎしてアルバムに収録してしまう、それもA面1曲目で、しかもその曲目をアルバム・タイトルにしたというわけですから、レコード会社の“作為”を感じずにはいられないのです。

さらに、そのタイトルが“Brilliant(ブリリアント=光り輝く、すばらしいの意)”と“Corner’s (コーナーズ=角、隅っこ、窮地の意)”という、どうやらシャレが効いてそうな単語を選んでいることに気づけばなおさらです。

ということは、制作陣はもちろんリスナーも、本作が“作為”を前提に作られたことを知っていて、“作為”があったからこそ成し得た成果だったことを理解していたに違いありません。

ビバップが誕生した1940年代を経て、50年代にはアドリブ合戦を主軸とするハード・バップが席巻し、アレンジにも力を入れたウエストコースト・ジャズが台頭するなか、ビバップのオリジネーターであり東海岸を代表するジャズ・ミュージシャンであるセロニアス・モンクが、アドリブに頼りきったハード・バップではない“構築性の高い曲”をあえて掲げ、大衆化されようとするジャズに物申そうとした──そのことを感じ取って評価した結果の“名盤”なのではないか、と考えるわけです。

いま聴くべきポイント

参加ミュージシャンがタイトル・チューンの『ブリリアント・コーナーズ』に苦戦したのは、セロニアス・モンクがこの曲で自作の旋律をオーケストレーションしようとしたからではないか、とボクは推測しています。

そうであれば、現場のトライ&エラーの多さも、少ない人数で多くの役割を担わなければならなかったメンバーたちの試考錯誤も、納得がいくのではないでしょうか。

ちょうど同じころ、もうひとりの東海岸ジャズの雄であるマイルス・デイヴィスは、ギル・エヴァンス・オーケストラとのコラボレーションを手がけており、そうした外的要因がセロニアス・モンクの創作意欲を刺激したのではないか、と妄想しながら聴き直してみるのも一興です。

ちなみにセロニアス・モンクは、本作のすぐ後に4管7人編成のアルバム『モンクス・ミュージック』(1957年6月収録)、さらに10人編成で臨んだ『セロニアス・モンク・オーケストラ・アット・タウンホール』(1959年2月収録)と、彼のディスコグラフィのなかで数少ない多数編成の作品を1950年代後半に集中させているので、オーケストラあるいはオーケストレーションに興味のアンテナが向いていたのは確かなんじゃないかと思います。

そういえば、前述の映画『ジャズ・ロフト』にも、ビッグバンド編成のメンバーを率いてセロニアス・モンクが演奏するシーンがありました。

こうして振り返ってみると、ユージン・スミスが、なにか新しいことをやろうとしているセロニアス・モンクの気配を感じ取って、写真と音源を残しておいたのかもしれない──という21世紀になって公開された“証言的映像&音源”とともに、新たな視点で鑑賞できるようになります。それもまた、“名盤”ならではと言えるのではないでしょうか。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

三浦文彰

今月の音遊人

今月の音遊人:三浦文彰さん「音を自由に表現できてこそ音楽になる。自分もそうでありたいですね」

3004views

音楽ライターの眼

連載9[ジャズ事始め]日本にジャズの維新をもたらした井田一郎という志士

4755views

トランスアコースティックピアノ™

楽器探訪 Anothertake

音量の問題を解決し、ピアノの楽しみを広げる「トランスアコースティックピアノ」

3970views

楽器のあれこれQ&A

ウクレレを始めてみたい!初心者が知りたいあれこれ5つ

4592views

桑原あい

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目の若きジャズピアニスト桑原あいがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

15319views

コレペティトゥーアのお仕事

オトノ仕事人

高い演奏技術と幅広い知識で歌手の表現力を引き出す/コレペティトゥーアの仕事(前編)

19395views

人が集まり発信する交流の場として、地域活性化の原動力に/いわき芸術文化交流館アリオス

ホール自慢を聞きましょう

おでかけ?たんけん?ホール独自のプランで人々の厚い信頼を獲得/いわき芸術文化交流館アリオス

7524views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

6652views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

見るだけでなく、楽器の音を聴くこともできる!

13774views

われら音遊人:音楽仲間の夫婦2組で結成、深い絆が奏でるハーモニー

われら音遊人

われら音遊人:音楽仲間の夫婦2組で結成、深い絆が奏でるハーモニー

7046views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

すべては、あの日の「無料体験レッスン」から始まった

5293views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

29679views

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

9081views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

世界中の珍しい楽器が一堂に集まった「浜松市楽器博物館」

30476views

音楽ライターの眼

連載35[ジャズ事始め]佐藤允彦に音楽の方向を決めさせた1966年の“現代音楽祭”

1695views

ホールのクラシック公演を企画して地域の文化に貢献する/音楽学芸員の仕事

オトノ仕事人

アーティストとお客様とをマッチングさせ、コンサートという形で幸福な時間を演出する/音楽学芸員の仕事

11657views

ゲッゲロゾリステン

われら音遊人

われら音遊人:“ルールを作らない”ことが楽しく音楽を続ける秘訣

1495views

楽器探訪 Anothertake

新開発の音響システムが表現力のカナメ。管楽器の可能性を広げる「デジタルサックス」

3358views

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

ホール自慢を聞きましょう

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

8856views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

クラス分けもまた楽しみ、レッスン通いスタート

4749views

楽器のあれこれQ&A

目的別に選ぼう電子ピアノ「クラビノーバ」3シリーズ

2752views

ズーラシアン・フィル・ハーモニー

こどもと楽しむMusicナビ

スーパープレイヤーの動物たちが繰り広げるステージに親子で夢中!/ズーラシアンブラス

13675views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9904views