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【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#018 ブルースをアフリカンな“縛り”から解放した革命のギター~ウェス・モンゴメリー『インクレディブル・ジャズ・ギター』編
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2023.8.4
tagged: 音楽ライターの眼, ジャズの“名盤”ってナンだ?
アルバム『フル・ハウス』(#007)に続いて、ウェス・モンゴメリーが2度目の登場です。
『フル・ハウス』はギターにピアノ・トリオ、そしてテナー・サックスを加えたクインテット。
それに対して本作は、ギターとピアノ・トリオのみのクァルテットということで、より一層ジャズ・ギター、いや、そのジャズ・ギターの変革を成し遂げたと言われるウェス・モンゴメリーのプレイを堪能できるように仕組まれたアルバムと言うことができるのです。
あっ、ちょっと待ってください。
“プレイを堪能できるように仕組まれた”と書いてしまいましたが、その意図をリスナーが理解して購買につなげるためには、“ウェス・モンゴメリー”というジャズ・ギタリストの知名度が十分にあって、彼の革命的な奏法とサウンドを「聴きたい!」というニーズが高まっている必要があり、それがない状態でこのアルバム・タイトルにするのは“煽り”になってしまうかもしれませんね。
ちなみに、本作の制作は1960年1月で、彼のディスコグラフィーによれば“ほぼソロ・デビュー作”と言っても過言ではなく、名前や評判が知れ渡った状態でリリースしたものとは言い難いので、やっぱり先走ってつけてしまったタイトルだったのかもしれません。
では、なぜウェス・モンゴメリーはそんなに先走ってまで“プレイを堪能できる”シンプルなギター・クァルテットでのリリースに踏み切ったのか──。
ウェス・モンゴメリーが1960年1月にスタジオで収録し、同年4月にリリースされたアルバムです。メンバーは、ギターがウェス・モンゴメリー、ピアノがトミー・フラナガン、ベースがパーシー・ヒース、ドラムスがアルバート・ヒース。
初出時のLP盤はA面4曲、B面4曲の8曲、CD化にあたってもA→B面の順番どおりの8曲でリリースされています。
アルバム・タイトルの“インクレディブル(Incredible)”は“信じられないほどすばらしい”という意味です。
『ヴァーチュオーゾ』編(#015)でも指摘しましたが、ジャズ界ではアルバム・タイトルに“最高!”を意味する形容詞をつけることが流行っていた時期があり、本作もそんな流行に乗った1枚だったと言えなくもなかったりします。
20世紀の半ば、ジャズはポピュラー音楽を代表するジャンルだったと言われていますが、実際に世紀を代表するほど世の中に流通していたのは、スウィングの流れを汲んだ1920〜30年代のスタイルのジャズでした。
同じジャズでも、1940年以降に勃興したビバップを源流とするジャズは、その後“モダン・ジャズ”と呼ばれるまでに成熟していくことになるものの、リアル・タイムでの認識はレイス・ミュージック(race music:アメリカにおけるアフリカ系ミュージシャンの音楽や作品を指す呼び方として使われ、人種差別的なニュアンスを含む)で、レコードの認知度も売上も白人を対象としたマーケットと“肩を並べる”とは言えないものでした。
そんな状況だったことから、せめて「少しでも注目を浴びたい!」とつけられていたのが、“最高!”を意味するタイトルだったのではないかと推測するわけです。
もちろんそれは、その作品の内容が白人マーケットのものと比べても遜色のない、いやむしろ優れているという自負さえ込められたものであると、ボクは思っています。
本作の“インクレディブル”という言葉に込められた想いも、そうした背景があったに違いないのです。
というわけで、タイトルはかなり“盛って”いるのですが、内容はその形容詞に恥じないものとなっています。
“信じられない”とされるポイントは、ウェス・モンゴメリーの代名詞でもある親指ピッキングやオクターヴ奏法、コードソロを文字どおり堪能できるようになっている部分。
この点において“インクレディブル”は“看板に偽りなし”といったところでしょう。
まず、親指ピッキングについて。スウィング期のギターはリズムとコード(和音)を同時に担う役割を負っていたことで、ピック(ギターの弦をはじくための薄い三角形の板状の道具)を使うことが一般的だったのに対して、ウェス・モンゴメリーはそれを使わずに親指をピックに見立てて演奏し、それまでのジャズ・ギターの音のイメージとは一線を画した太くて艶のあるメロディやコードの表現を可能にしました。
オクターヴ奏法は、8度上(つまり1オクターヴ違い)の音を同時に発する奏法。コードソロは、旋律の1音1音に和音をつけて掻き鳴らしながら弾く奏法です。
いずれもピックを使うことが少ないクラシック・ギターやスパニッシュ・ギターの影響が考えられますが、ウェス・モンゴメリーはそうしたギミックを当時のジャズの“本流”とされたハード・バップに落とし込んで、見事に昇華させているのです。
前段で取り上げたウェス・モンゴメリーならではのギミックは、その後のギター・プレイヤーたちに受け継がれ、いまでは“ジャズ・ギターの基本”にもなっています。
つまり、新たにジャズ・ギターを学ぼうという後続たちは、ウェス・モンゴメリーを範としなければ始まらず、その入門的な教則の代わりになっているのが本作だったりするのです。
では、リスナー目線での評価はどうなのかと言えば、カヴァー曲のアレンジの見事さに加えて、オリジナル曲のスタイリッシュさにも注目していただきたい。
特に収録曲『フォア・オン・シックス』は、ほかの収録オリジナル曲と同様、ブルースの体裁をとりながら4拍子のグルーヴの枠に収まらないアドリブ・ソロの可能性を生み出すことに成功しています。
このようなウェス・モンゴメリーによる数々の“ブレイクスルー”があったからこそ、「アフリカン・アメリカンじゃなければブルースは弾けない」というバイアスが消え、そのことがまた、1960年代以降のジャズ・シーンにアフリカン・アメリカン以外の多くのジャズ・ギタリストを輩出するきっかけをつくったと言っても過言ではないと思うのです。
富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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文/ 富澤えいち
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